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■8.「愚かなるオプティミズム」■
世界の片隅の小さな国家が目覚ましい大発展を遂げて、世界
史に大きな足跡を残すことが時々ある。ヴェネツィア、オラン
ダ、そしてイギリスが典型的な例であろう。その大発展の秘訣
は、共同体の発展とその構成員の福祉とを自らの使命と感ずる
「精神の貴族」を輩出した点にある。[a,b,c]
大英帝国もまた軍人ウェリントン公や、医師ジェンナーのよ
うな「精神の貴族」たちによって築かれたことを[a]で示した。
しかしその牢固とした階級構造は、やはりアキレス腱であった。
帝国を支えるエリート階級が実権を失い、労働者階級が「市民
派」や「社会主義」に煽動され、国家の繁栄と平和を放ってお
いてもいつまでも続くものとして、産業の弱体化、財政の破綻、
対外危機から目をそらし、海外旅行、健康ブーム、マンガ、温
泉に興じた。この「愚かなるオプティミズム(楽観主義)」に
よって、「精神の貴族たち」の遺産は食いつぶされ、国家経済
は破綻して、人民全体が塗炭の苦しみにあえぐまでになった。
国家社会が栄えてこそ、国民は豊かな生活を享受できる。し
かし、国家の隆盛のために尽くす「精神の貴族たち」がいなく
なり、その遺産を食いつぶす大衆のみになったら、いずれ行き
詰まるのは理の当然である。一国が衰亡する過程で「愚かなオ
プティミズム」に踊らせれた一般大衆が旅行や温泉ブームにう
つつを抜かすのは、ローマ帝国でも大英帝国でも見られた末期
現象であった。そして現代の日本も同じ運命をたどっているよ
うに見える。
■9.「歴史から考える」姿勢■
「日本さえ他国を侵略しなければ、非武装でも平和が保てる」
とか「侵略戦争を反省すれば、近隣諸国との真の和解が得られ
る」というような「市民派」の主張は、現実から目を背ける
「愚かなるオプティミズム」そのものである。そして「愚かな
オプティミズム」に惑わされた人々は福祉を支える財政基盤や、
国民の安全を守る軍備については考えない。まことに古今東西
を問わず、衰亡期の国民は良く似ている。
しかし、中西教授は、日本においてはさらに深刻な問題があ
る事を指摘している。明治日本と、戦後日本とは半世紀足らず
の間に世界史に残る奇跡的な隆盛を実現したが、それが3世代
も続かなかった。短い繁栄の後、世代交代と共に「劇的な国家
指導者の質の低下」が起こり、悲惨な敗戦を招く。これは次世
代の「精神の貴族」を育てるメカニズムが機能していないから
であろう。
「精神の貴族」を育てるには、中西教授の言う「歴史から考え
る」姿勢が必要である。その姿勢があれば、目先の「愚かなる
オプティミズム」も、現代日本を覆う「衰弱的ペシミズム(悲
観主義)」も一時的な病いであることが見通せるだろう。次世
代の国民からいかに多くの「精神の貴族」を輩出させるか、教
育の真の課題はここにある。
(文責:伊勢雅臣)
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