|
|
皆さん初めての投稿です。宜しくお願い致します。早速ですが本題に入ります。現代阪急車輛の基礎(マルーンの車体色にアルミサッシ枠等)を築いたのは、1960年から神宝線用(主に神戸線運用)としてナニワ工機にて製造された2000系(鉄道友の会ローレル賞受賞車両)ですが、電動機出力150kwで神戸線用として比較的高速運転に適してましたが、後の1962年からは2000系の宝塚線仕様として2100系が製造されたんですが宝塚線はカーブなどが多く高速運転には適さなかった為に電動機出力100kwと低く抑えられましたが600V専用設計の為1500V昇圧後は2000系同様に低速運転機能と回生ブレーキ機能は撤去されましたが最終6両(2112〜2114/2162〜2164)については2000系昇圧時発生の床下機器に取り替えられたので2000系と同レベルの性能になりましたね。後の冷房改造を受けた際に改番され2000系となり晩年まで神戸・今津線で活躍しましたね。昇圧後から冷房改造を受けるまでは宝塚線に汎用運用されたり神戸線では普通運用として梅田ー三宮間の運用実績が多くありましたね。梅田寄りTc車2162系(改番2092系)のみ列車種別看板入れBOXが左右共に多少中央寄りに設置されていた為に宝塚ファミリーランドイベント時用の急行運用時は2枚看板が左右中央寄りに付いていた為、愛嬌ある異端児だったのを覚えています。最終の活躍の場は能勢電に譲渡され1750系に改番されましたが能勢電でも2枚看板は愛嬌ありました。知る人ぞ知る2162系のシナリオですが阪急百貨店梅田本店の模型イベント時に昭和阪急神戸線様に名刺を戴いた際、この話しをしたのですが覚えていらっしゃいますでしょうか?
|
|