瑠璃光庵掲示板


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六条御息所  投稿者:piicats  投稿日:2008年 6月29日(日)08時33分38秒   返信・引用
  六条御息所  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大臣の娘に生まれ、16歳で東宮妃となるが、20歳で東宮と死別した。東宮との間に一女があり、その娘は後に「葵」で斎宮となり退下した後冷泉帝に入内する(秋好中宮)。
東宮の死後、年下の光源氏と恋愛関係におちいる(この間のなれそめが源氏物語では欠落している。源氏物語参照)。だが源氏は、美しく、気品があり、教養も知性も人に優れているために矜持の高い彼女をやがて持てあますようになり、逢瀬も間遠になってしまう。しかし源氏に惹かれ、またその矜持のゆえに素直な態度を男に見せることのできない彼女は、自分を傷つけまいと、本心を押し殺してしまう。この自己抑圧が、以降物語のなかで御息所を生霊、死霊として活躍させることになる。押し殺した妬心が、抑制のうしなわれるたびに身からあくがれでて、源氏の愛する女君たちにあだを成すようになるのである。
その最初は、「夕顔」の巻で源氏と逢引する夕顔を取殺した物の怪で、物語のなかに御息所のそれではないかと示唆する部分があるとする説がある。但し、この説には異論が多く、いまではあまり支持されていない。「葵」の巻では、賀茂祭(葵祭、4月 (旧暦)の中の酉の日)の加茂川での斎院御禊見物の折に、つわり中の源氏の正妻葵の上の牛車と鉢合わせになり、場所の争いから下人に恥辱な仕打ちを受けたことを発端に、生霊となって妊娠中の葵の上を悩ませ、8月の中ごろに夕霧を出産後に葵の上は急死してしまう(葵の上の火葬と葬儀は8月20日過ぎ)。御息所が、己の髪や衣服から芥子の匂いがするのを知って(芥子は悪霊を退けるための加持に用いる香)、さてはわが身が生霊となって葵の上にあだをなしたか、と悟りおののく場面は源氏物語前半のクライマックスのひとつである。その後、光源氏との関係を断ち切るため、(光源氏は9月7日 (旧暦)に野宮に訪ねてくるが)、「葵」の帖で斎宮になった前東宮との娘(後の秋好中宮)が桂川で9月16日 (旧暦)に御払いした後、斎宮に付き添い共に伊勢に下る。なお、この頃の御息所の年齢は数えで30歳となっている。(「賢木」) 六年後、帝が変わり斎宮の任期が終わると京に戻り出家、見舞いに訪れた源氏に娘に手をつけぬよう釘を刺しつつ、将来を託して病没する。(「澪標」)源氏が後に住まいとする六条院の秋の町は御息所の旧邸で、死後も紫の上や女三宮などに取り付き源氏に恨み言を言いに出現している。(「若菜下」「柏木」) 娘の中宮は母御息所が未だ成仏していないことを悲しみ、追善供養を行っている。(「鈴虫」)
 少し長いのですが、いかがでしょう。うまくまとめられていますので、ご紹介します。
ずっと以前に、「夕顔」の巻を近畿の放送教育の公開授業でやったことがあります。其のとき、中島みゆきの「うらみます」という曲を流し、「あさきゆめみし」をスライドにしてビデオを作成しました。もう30年も前ですが。
 女性の嫉妬が、生霊となって体を離れ、愛する男ではなく、女性に取りついたり悩ましたりします。自分が自覚しない。逆に知的ではるかに強い意志を持つがゆえに、寝ているうちに体を離れる。押さえることができない女の性。(悲劇ですよね。)知識とはなにか。理性とはなにか。本能とは。人間存在の矛盾や苦悩。三毒のなんたるか。うーーん!
 

お久しぶりです!  投稿者:青湖  投稿日:2008年 6月28日(土)14時56分40秒   返信・引用
  庵主さま

 今日は!お久しぶりですv^^v。

 続隆連房覚書で源氏物語に出てくる人物を書いてらっしゃるので、僕もその関連を書かせて下さい。

 突然ですが、庵主さまは、「六条御息所」と云う女性をどう思われますか?

 と偉そうな事を書きましたが、僕も源氏物語など読んだ事もないし(読めないし)、ましてや研究などした事のない人間です(苦笑)。

 ただ、前にもお話したかも知れませんが、学生時代、サークルで能楽部に所属しておりまして。部員が少なかった事もあるのですが、1回生の時から能の舞台に入らせて頂けたんですよ。具体的には地謡と云うバックコーラス隊です。そして、学生時代、一番始めに加わって謡った能が「葵上」だったんです。主人公は六条御息所です。

 当時、まだ能の何も分かったなかった頃ですから、ただただ先輩達に着いて謡っていたのですが、だんだんと「葵上」のストーリーが分かってくるにつれ、六条御息所の気持ちが分かってくる様な感じがして。

 老いる事へのはかなさ、源氏の気持ちが自分から葵上に遷っていく事への悲しさ、なのに、大声を出して気持ちを面に出せない苦しさ、高貴ゆえの自分のプライドへのジレンマ。そんな六条御息所の内面が節々に謡いに描かれていて。

 その舞台は年1回の発表会でしてね。僕の通ってた学校は、後から聞いて分かった事ですが、かなり特殊な活動をしてまして。普通なら能楽堂を借りて発表会を開くのですが、僕の学校は校内に特設の能舞台をみんなで作って、そこで能を演じるのです。

 能楽堂と云う、特別な空間で能を演じるのではなく、学内と云うごく普通の空間で、同じ世代、同世代の人間が気軽に足を運べて、そして同じ感覚の人間に能と云う演劇に取り組んでいる人間がいる事を知って欲しい、そして何かを感じ取って欲しい。そんな主旨で学内での演能をしていたんです。

 学内ですから、大教室(ホール)の舞台に能舞台を組んだんです。だから、舞台も普通より一回りか二回り程、小さいです。

 地謡座に8人が座って、ワキ、ツレが登場し、いよいよシテの登場です。先程も申しました通り、舞台が小さいものですから、橋掛かりも短く、鏡の間がすぐなんです。幕が開いて、シテが静かに舞台に向かって立っている。

 地謡座からそのシテの姿を見た瞬間、何故かぼろぼろと涙がこぼれ落ちました。何故なのか分かりません。別に悲しい訳ではなく、話もこれから展開されようとしている矢先です。

 面を付け、装束を着け、六条御息所になった先輩の姿。それはもう、正に六条御息所でした。

 その立ち姿、そのものに彼女の生き様を観た様な。そんな感じだったんでしょう。孤独、淋しさ、老い。そんなものを一瞬に感じて、思わず涙してしまったのだろうか?今から思えばそう思えます。

 六条御息所を主人公にした謡曲には、もう一つ「野宮」がありますが、その中で描かれている彼女は、もう悟りの域に達している様な。昔の事など全て捨て去り、今は都から離れた静寂の地で静かに過ごす御息所。

 もっと肩の力を抜いて、もう少し気楽に生きていたら、彼女の生き方も随分変わっていただろうに。

 そんな事を考えながら、六条御息所と云う女性に興味を覚えた次第でした。

 長々と失礼致しました。
 

明日(4月15日)はことしの中に功徳の一番素晴らしい日です  投稿者:光明禅修センター  投稿日:2008年 6月17日(火)21時55分11秒   返信・引用
  明日はチベット歴4月15日、お釈迦様がお成仏になり、涅槃になる日を記念する祭りなのです。
ことしの中に功徳の一番素晴らしい日です。




光明禅修センター

http://www.wssdl.org

 

花山村  投稿者:piicats  投稿日:2008年 6月15日(日)16時44分35秒   返信・引用
   亘理のほうは、少し南ですね。でも震度5だったですよね。わたし、30年前ですが花山村に2回、4泊で民俗調査に入ったんです。東寺は、栗駒はまだ電気が通っていなくて、花山の峠道を棒で空き缶をたたきながら、熊除けで歩きました。そんな思い出の地が、報道ではずたずたです。心配です。当時の方々との交流はありませんが、またぎの里のみなさんに随分やさしくしていただいた記憶はあります。皆様の無事をお祈りしたいと思います。  

余震が続いております。  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 6月15日(日)12時06分38秒   返信・引用
  隆蓮房地方は県南なので、比較的大丈夫ですが、まだ余震があります。

いまだ安否がわからない行方不明の方々がいます。
どうかご無事でいらっしゃいますように。
 

(無題)  投稿者:青湖  投稿日:2008年 6月14日(土)21時09分27秒   返信・引用
  安心しました。  

大丈夫です。  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 6月14日(土)21時02分27秒   返信・引用
  本棚がグラグラ揺れました。
私の部屋はデンジャラスゾーンです・・・・・。
憎まれっ子なので、私は大丈夫です、ご心配いただきありがとうございます。
しかし、災難に遭われたもいらっしゃいますようで、心が痛みます。
心ならずも旅立たれてしまった方のご冥福をお祈りいたします。
行方不明の方のご無事のお知らせをお待ちいたしております。
そして、お怪我をなされた方はどうか早く回復なされますように。
 

地震!  投稿者:piicats  投稿日:2008年 6月14日(土)09時02分58秒   返信・引用
  いかがですか?大丈夫?なにか、お手伝いできること、ありますか?どうか、ご無事で!

http://maps.google.com.au/maps?t=m&om=1&q=Healesville,%20Victoria,%20Australia

 

お恥ずかしい限りです。  投稿者:宗慧  投稿日:2008年 6月 8日(日)22時18分15秒   返信・引用
  ご指摘のとおりですね・・・。
「〜にむけて・・・」と訂正願います。

今後催しも増えるでしょうから、是非に。

宗慧 拝
 

恥ずかしいです。  投稿者:護法童子  投稿日:2008年 6月 8日(日)18時48分23秒   返信・引用
  自分のHNを間違えるなんて・・・・・。  

御法童子さん  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 6月 8日(日)17時38分52秒   返信・引用
  いらっしゃいませ!
ご来庵ありがとうございます。

ごめんなさい、一つ確認したいのですが、
「御法童子」さんでよろしいのでしょうか?
それとも「護法童子」さん?

確かに、俗に「エホバ」で「エホバの証人」のことを指す事が多いようです。
けれども、「エホバ」は彼らが信仰する神の名前なので「エホバさん」などと言ってしまうとちょっとおかしくなっちゃいますけどね。

どんな人であっても、何を信仰しているかで裁かれるような事があってはいけないと思います。
何を信仰していようが、人として平等に接して欲しいのです。
どんな法律も頭の中を規制することはできませんし。

けれども、行動は一目瞭然です。

また、その人の意思に反した信仰を強制するような行動は、宗教としてどうかと思います。
エホバに関しては、あとでちょっとまとめてみますので、少々お待ちください。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

開創1200年  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 6月 8日(日)17時27分42秒   返信・引用
  平成27年です。
イメージキャラクターとロゴマークを募集しているので、腕に覚えがある方はどうぞ。
http://www.koyasan.or.jp/news/080501.html

・・・・・ちょっとイメージキャラクターにやな予感がするのは、私だけ?

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

青湖さんへ  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 6月 8日(日)17時23分30秒   返信・引用
  すみません、ものすごい時間差で。
伊崎寺って、琵琶湖に飛び込むあのお寺ですよね。
もしかして、参加されたとか?

うぉぉぉ〜〜〜っ!!
ご報告お待ちしておりますね。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

御法童子様  投稿者:小坊主太郎  投稿日:2008年 6月 8日(日)11時03分17秒   返信・引用
  お話を聞く限りでは、なんともお粗末な伝道ですね。
強引な勧誘よりはずっといいでしょうが、やっぱりノルマのようなものがあって、冊子をばら撒くことが目的になってしまっているのでしょうか。
あなたに何一つメッセージが伝わっていないようです。
 

小坊主太郎様  投稿者:御法童子  投稿日:2008年 6月 8日(日)10時47分5秒   返信・引用
  そうです。
エホバの証人の事です。
勝手に略称するのは失礼でしたね。
すみません。
ものみの塔聖書冊子協会が正しい教団名でした。
厳密に言うと、それを構成する教団員がエホバの証人なのですね。

伝道(勧誘?)に来た人は、「聖書の勉強会をしています。聖書を読んだ事はありますか?」みたいなことしか言っておりませんで、何を伝えに来たのかさっぱりわかりません???
それで小冊子を2冊置いていっただけなんですよね。
「聖書はすばらしい本で、真実が書いてあります」とも言っていたような気がしますが、だからといって聖書を置いていってくれたわけでもなく、小冊子の内容も聖書の内容とはあんまり関係ないような・・・?

特に不快な思いはしておりません。
寧ろ礼儀正しいくらいでした。
 

御法童子さん  投稿者:小坊主太郎  投稿日:2008年 6月 8日(日)00時04分10秒   返信・引用
  こんばんは。
はじめまして。
最近減量中の小坊主太郎です。

「エホバ」というのは「エホバの証人」のことでしょうか。
あれは異端ですからね。
いや、異端が悪いとか、異端だからダメだとかいうのではなく、僕のような棄教者から見ても、「キリスト教と名乗って欲しくないな」という思いがします。
「エホバの証人教」なら別に構いませんが。

でも、彼らにしたら、彼らこそが正統なキリスト教なのですからね。

どうも異端というものは、教えそのものというよりは、教えの解釈の仕方や実践の仕方に問題があるような気がします。
なんと言うか、極端というか。
でも、譲れないものというのも確かにありますよね。
彼らの言い分も聞かねば分かりませんが。

伝道に来られた方は、御法童子さんに何を語っていったのでしょう。
何か不快な思いでもされましたか?
 

こんばんは  投稿者:御法童子  投稿日:2008年 6月 7日(土)22時45分47秒   返信・引用
  はじめまして。

いきなりですが、今日、エホバが来ました。
エホバをどう思いますか?
 

(無題)  投稿者:小坊主太郎  投稿日:2008年 6月 7日(土)19時34分8秒   返信・引用
  ・・・・・あれ?
開創は弘仁7年ですよね?(816年)

http://9021.teacup.com/ruriko/bbs?OF=300&BD=3&CH=5

 

本年は  投稿者:宗慧  投稿日:2008年 6月 7日(土)14時11分28秒   返信・引用
  高野山開創1200年記念のありがたい年でもあります。
各地でもいろいろな催しが、放送局などのバックアップを受け開かれています。
近隣でそういった催しがあればぜひ行ってみたいものです。

宗慧 拝
 

伊崎寺へ!  投稿者:青湖  投稿日:2008年 5月31日(土)21時19分48秒   返信・引用
  庵主さま、

今晩は。いつも有り難う御座います。

すみません。この前、掲示板にご案内下さってました石山寺での結縁灌頂、
お伺い出来ませんでした。石山寺は家から近くなのに。。。

その代わりではないのですが、明日、滋賀県は近江八幡にある伊崎寺にお参
りに行ってきます。知人に誘われて、お護摩に随喜させて頂いて参ります。

こちらのお寺も自宅から近いのに、お参りは今回初めてです。
 

(無題)  投稿者:小坊主太郎  投稿日:2008年 5月26日(月)12時00分56秒   返信・引用
  >「運命を受け入れる」とはあらゆる希望を打ち砕くあきらめの呪文です。
努力を放棄する免罪符です。

なるほど、宿命とは臆病な己の心を欺く看板ともいえますね。
 

隆蓮房様へ  投稿者:光明禅修センター  投稿日:2008年 5月26日(月)00時01分10秒   返信・引用
  > No.409[元記事へ]

心から感謝します。全世界の三宝の弟子は家族みたいですね。

http://www.wssdl.org

 

本当に有り難う御座います。  投稿者:青湖  投稿日:2008年 5月25日(日)20時32分24秒   返信・引用
  庵主さま

 いつも本当に有り難う御座います。

 どうか、これからも僕を仏さまのお教えにお導き下さいませ。

 お願い致します。

 本当に有り難う御座いました。

                青湖
 

あきらめてはならぬ  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 5月25日(日)18時14分8秒   返信・引用  編集済
  一部のスピリチュアル信奉者に典型的に見られるのですが、
「受け入れる」ことと「あきらめる」ことを混同している人がいます。

そこにおいては、「運命を受け入れる」とはあらゆる希望を打ち砕くあきらめの呪文です。
努力を放棄する免罪符です。

仏教徒において「あきらめる」は「諦める」、つまり「あきらかにみる」ことです。
不変の運命の実体などありません。
未来は自分で作りましょう。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

蛇足です。  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 5月25日(日)18時07分30秒   返信・引用
  そんなに深くはないです。
でも、そこからどこまで深く掘り下げるのかは、読む方の力量にかかっています。

あんまり「努力」「頑張る」と気張る必要もありません。
準備運動無しでは怪我をする可能性も大きくなります。
でも、仏教では2000年以上かかって悟りのためのトレーニングメニューが整えられてきました。
よいコーチについて実践する事が大事ですね。


>明るい未来を作る(結果)為に今を頑張って生きる(原因)と云う事ですね。

おっしゃるとおりです。
ワンフレーズでまとめられる能力ってあこがれちゃうな〜。←隆蓮房は駄文を連ねてこねくり回すタイプです。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

有り難う御座います。  投稿者:青湖  投稿日:2008年 5月25日(日)15時45分25秒   返信・引用
  庵主さま

 早速のご返信、誠に有り難う御座いました。

 あまりに奥が深く、何度も読ませて頂きます。

 最後にお書き下さいましたお言葉、「明るい未来を作るためには、現在自分が努力
する事が必要」。

 友人に伝えたいです。明るい未来を作る(結果)為に今を頑張って生きる(原因)
と云う事ですね。

 有り難う御座いました。
 

光明禅修センター様 みなさま  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 5月25日(日)14時32分51秒   返信・引用
  お疲れ様です。

本日は私も精進料理の日に致します。
後ほど、観音菩薩のお勤めも致します。

掲示板閲覧の皆様におかれましても、観音さまの6字真言をお唱えください。


なお、余力のある方は、このページから義援金にご参加プリーズ!

イーバンクに口座のある方は手数料無料で1円から24時間お申し込みいただけます。
口座のない方もご参加で来ます(手数料がかかります)。
http://www.ebank.co.jp/p_layer/contribution/sichuan/index.html

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

6.余談  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 5月25日(日)14時20分36秒   返信・引用
  因果の法則を超える道も、実は・・・・・あります。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

5.悟りへの道  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 5月25日(日)14時19分36秒   返信・引用  編集済
  仏教者の階梯は、どんな未来を願うのかによって分類することができます。
小士(自分のみが来世で悪趣に堕ちずに、天界人間界で安楽を享受できる事を願う)
中士(自己が解脱して安楽・寂静を得ることを願って輪廻の存在に背を向けて罪業を止める)
大士(限りない慈悲心で他者の苦を全て尽きさせたいがために、解脱を願う)

大乗仏教、特に密教に出会ったならば、迷わず大士の道を選びたいものですね。

自己のみの明るい未来を創ることにとどまらず、生きとし生きるものたちにとって明るい未来を創っていきましょう。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

4.明るい未来を信じる事  投稿者:隆蓮房  投稿日:2008年 5月25日(日)14時17分53秒   返信・引用
  確かに、未来は明るいかどうかわかりません。
明るい未来を信じる事がよい方向に働くのなら、否定する事もないのですが、
何の根拠も努力もなく、漠然と「明るいといいな」と想っているだけではあまり意味がないでしょう。
「未来は明るいはずだから、今は理不尽なことにも耐える」とやみくもな苦行(?)ややせ我慢を肯定するのは間違いですね。
過酷な状況を打破するためには、信念を持ってやはり何らかの行動を起こさねばなりません。

以前、チベット人ラマと雑談していた時に印象的だったお話ですが、
「日本人は、やたら過去世を知りたがるね?
 今の自分を見れば、過去世なんて想像つくだろうに。
 来世は何に生まれ変わるか?
 今の自分を見れば、来世なんて想像つくだろうに。」

要するに、明るい未来を作るためには、現在自分が努力する事が必要だという事です。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

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