|
|
はい、こーだいの科目等履修生で、
そもそもはオペラ歌手やら指揮やら作曲やら、
という人間です。
結局、伝の違い、というところに尽きるんですよね。(笑)
色々わかってくるにつれ、声明略誦文に突っ込みを入れたくなってきます。
声明集中秘事多し、とか、口伝の存す、とか、
口伝だの秘事だのになってるのは、
楽譜を論理的に発達させずに伝言ゲームばっかしやってたからだろうが!と。(笑)
これが、西洋音楽の音楽家の観点から、南山進流声明に対して言いたいことですね。
で、件の露地の偈ですが、
おそらく大師匠さんの伝か、それに近いものが
今年現在の大菩提院での節になっているんでしょうね。
「ごうぶく」でしたし。
もちろん、声明略誦文に対して上記のような見解を持つ私ですから、
隆蓮房さんが間違えているとか、大師教会で伝授した方が間違えたとか、
そういう風には思わないのですけども、
おそらく大師教会と大菩提院(ではおそらく授戒にしか使わないでしょう)とでは、
たかだかあの程度の距離であるにもかかわらず、(笑)
首を捻られるほどの大きな違いがあるんだろうなあ、と思ったわけです。
しかしお師匠さんは大師教会伝を聴く機会がなく、
下手すると初めて隆蓮房さんで聴いたのかもしれませんね。
しかしながら理趣経にしろ讃にしろ、
本当に寺院ごとで違うので、いつも神経とがらせて、頭をチェックします。(笑)
今、声明の授業は辻先生なのですけど、
時折、部分的に「楽譜どおり」の唱え方で教えてくださることがあります。
(昨日、というホットな話題としては、「仏讃」の頭とか)
実は、極力口伝のようなものを排除した形で、
楽譜に忠実な西洋式楽譜を準備して勉強会してみたいな、
などと考えています。
つまり、音楽学的な意味での正確さを追求する道も提唱してみたいな、と。
|
|