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キラキラ祈祷♪

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年12月 7日(月)21時33分28秒
返信・引用
  > No.1096[元記事へ]

☆隆蓮房さん♪

ハイパーキラキラお尋ねします♪

> 『般若心経秘鍵』は日常の勤行で頻繁に読誦する経典ではありません。

はいパーキラキラ初めて秘鍵を聞いた遍照院(知立市)では秘鍵を誦しています♪
院主はうちゎ祈祷寺と言ってましたし、友人がある真言宗の方に尋ねたら、秘鍵は祈祷の際に誦したりします♪と…
だから秘鍵は祈祷によく効くんだと最初に思いましたが…
 

キラキラ試作?

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年12月 7日(月)21時08分21秒
返信・引用
  > No.1096[元記事へ]

☆隆蓮房さん♪

はいパーキラキラ本文って、
 般若心經秘鍵ですね♪

 遂じて二教轍を殊じて、手を金蓮の場に分ち、五乘?くつばみ(金+鹿)を並べて、蹄を幻影の埒に?あが(足+宛)つ。
其の解毒に隨って藥を得ること即ち別なり。
慈父導子の方大網此に在り。
大般若波羅密多心經と者、即ち是れ大般若菩薩の大心眞言三摩地法門なり。
文は一紙に欠けて行は即ち十四なり。
謂うべし、簡にして要なり、約やかにして深し。
五藏の般若は一句に?ふく(口+兼)んで飽かず、七宗の行果は一行に?のんで足らず。
觀在薩?た(土+垂)は即ち諸乘の行人を擧げ、度苦涅槃は則ち諸教の得樂を?かかぐ。
 ケータイ携帯のためか難解な漢字がこんなんになりますが、もし?よければ試作させて下さい♪
 

キラキラじょうず♪

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年12月 7日(月)20時52分34秒
返信・引用
  > No.1095[元記事へ]

☆隆蓮房さん♪

はいパーキラキラ月番茶茶(^^)/

>> アラレちゃんみたいですね。
 雅ゎアラレ♪大好きなのだあ(^^;)汗ほんと美味しいからねv▽vパー(まじ)

 「大随求陀羅尼」
 さすが⌒隆蓮さん♪
 キラキラえんぴつ筆を選ばす♪v▽vチョキ
  ↑エンピツ♪
 

生命について

 投稿者:ぴちょんくん  投稿日:2009年12月 6日(日)18時14分29秒
返信・引用
  そういえば以前新聞で欧米ではロボットや機械は必ずしも人間の形にはしないそうです。理由は神は自らの姿に似せて人間を創った為人間が機械を人の形にする事はキリスト教では神への冒涜に当たると言う事です。日本では色々なものに神仏や動植物の名前をつけます。アジアの国の中でも付けている国があります。「もんじゅ」に「ふげん」「ひまわり」、「アグニ」、「ガウリ」・・・他にもあると思いますが取り敢えず私が知っているのはこれだけです。外国よりも日本の方が規制が緩いのはこの様な理由もひとつではないかと思っています。まだ代理出産についてはまだ色々と調べています。  

命について(私論)

 投稿者:piicats  投稿日:2009年12月 6日(日)08時27分2秒
返信・引用
   ある要因によって、ひとつの存在が誕生します。(ブラフマンの仕業?)イメージでは、座標軸の上の一点です。存在は、質量と重量を持っています。その「誕生」した「存在」は常に「秩序」から「無秩序」に向かっていきます。これを「エントロピー増大則」というそうです。
 おおざっぱに言って、熱というものは熱い方から冷たい方に向かって流れて逆はありません。基本的には、これが積もり積もったものがエントロピーの増大です。勿論、両者が閉鎖系で無ければこの限りではないのですが、必ずエントロピーは増大していく、つまり、より「平均化」していくわけです。言い換えれば、「誕生」した「存在」は、その瞬間から「死」に向かって変化(「エントロピーの増大」)していくものなのです。
 それを、宗教や倫理では、「善」とか「悪」という「価値」を与えて「解釈」しようとするのです。上記座標軸の考えで言うと、「最初の座標」から「存在」は、下?に下がっていくのでしょうか。何故「高い方(良い)」から「低い方(悪い)」に向かうのか。
 単に私たちは、生活経験的に知っているだけです。健康を例にしますと、私たちは最終的には誰も死を免れませんから、私たちの体は、確実にエントロピーに従っています。
そして、「正のエントロピー」が勝れば、なんらかの健康障害が出てくるのです。「場のエネルギー」は、「正のエントロピー」を推進し、「負のエントロピー」(無秩序)に向かおうとする動きに修正します。

 しかし、肉体の細胞はまた新しく造り替えられたり、骨が形成されたりします。こうしたものを物理学では、エントロピーに逆らうものとして「負のエントロピー」と呼びます。私たちの体内では日夜、「正のエントロピー」と「負のエントロピー」がせめぎ合い、その中で健康はいつもゆらいでいるといえます。

 滅び行く肉体に対して、私たちの精神はいかがでしょう。精神もまた肉体と同じように「集束」が「拡散」に向かうのですが、逆に「拡散」が「集束」に向かう循環系だと考えます。そしてそれが連鎖されるものと。(曼荼羅の考え方でしょうか?)

「豊穣」は「再生」によってなされることを、これまた私たちはその経験則(自然の摂理)から知っているのです。心の傷は癒やされ、苦痛を快楽に変える力は、誰もが持っています。またその逆も、さらに繰り返しであることも知っているわけです。(日輪と月輪)
 道徳は、私たちにだれもが持っている「負のエネルギー」を発揮すべきだと語ります。今からすぐに「再生」すべきだと説きます。科学は、「正・ゼロ・負」と「時間・空間」を基準にします。しかし、私たちは更に「思念」(観念=情念)を持ち合わせています。それは、時間も空間も超越します。正も負も越えます。この永遠なる連鎖の中に、ただ私たちは、己の「存在」を確かめたいとも思い、「存在していたい」とも思うわけです。

 しかし、仏教ではすべてを「諦(あきら)め」て、「帰依」することだと説きますね。きっと私たち俗なものの「知りたい」欲の末の結論は、「知らなくていいんだよ」というブラフマンの声なのでしょうかね。すべてに身をまかせられる自分になりたいなあなんて思う日々です。最近、立ち止まっている自分を感じました。お元気に、ご活躍くださいね。

http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicarts/

 

Re: 代理出産について3

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年12月 5日(土)19時39分26秒
返信・引用
  > No.1093[元記事へ]

ぴちょんくんさんへのお返事です。

> この事についてずっと考えていますがその「生命倫理」と言う時の「倫理」は多神教である仏教では論理的に足りないと言うか不足している部分がある様な気がします。

仏教は「倫理観」で終わらない。
仏教において「倫理観」は入門にすぎません。
『十住心論』を見てみてね。

そして、仏教では生命を大事にしますが、「生命第一主義」ではないです。
命がたすかりゃ何でもしていい、とは思わないです。
誤解を招くような書き方をせざるを得ない私が未熟で伝わりにくいかもしれませんが、身命を賭してもやらねばならぬことがあるんです。

仏教の戒律を守っている者に対して「健康を害するので、戒律は適宜改めるがよい」とご意見をいただきましたが、
私たちは長生きしたくて戒律を守っているわけではありません。

不老長生を求めるのなら「道教」になってしまいます。
倫理の道の追究は「儒教」。

>キリスト教では如何なのかと言う気がしています。もしかしてキリスト教に私の釈然としない気持ちを解く鍵があるのではないか、と考えています。

「神の領域」という言葉があるように、命を作り出せるのは神だけ、という概念があるからでしょう。
「神を恐れぬ」とか、重罪人(いい大人)が「神様許して、地獄に行きたくない!」と本気で泣きわめくというシーンがよく欧米の映画では出てきますが、
キリスト教の外にいる者にとってはいささか滑稽にさえ映ります。
神ってコワイものなんでしょうかねえ。

仏ってやさしいですけど。

>仏教では命は「授かる」と言うのに対しキリスト教では「創られた」と言う言い方をします。

それそれ!
「子作り」って言葉が日本語にはありますね。
個人的にはキライな単語なのですが、日本人にとっては「授かる」ものであると同時に(あるいはそれ以上に)、自分たちで「創り出す」という思いがあるのかなあ、もしかして。


我々が神の創造物だとすると、
神は陶工で、私たちは皿や壷かもしれませんね。
うまく焼けた皿や壷を愛でる神・・・・・全然対等な関係でもないし、なんだかなあと。

>もしかするとこの問題は、はっきり答えが出ない、あるいは答えのない問いなのかもしれません。ネットでは限界があるので一度宗教と生命倫理に関する本を当たってみようと思います。

答えが出ようと出まいと、問うことは愉しい。
掲示板で求道巡礼をしても、答えが出るとは限らないし、出た答えが正しい保証もない。

よい本が見つかったらご紹介ください。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

Re: キラキラ夫れ佛法…

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年12月 5日(土)19時24分49秒
返信・引用
  > No.1091[元記事へ]

雅です♪さんへのお返事です。


> >利剣の供養を毎日して
>  ある日のために夜な夜な♪磨き込んでいるんでしょうね?
>  (笑)
よくご存じで。


>
> >お大師さんの解説というのが、実は「インド直伝の解説に他ならない」と…
>  お大師様は秘鍵♪を、
> 「遍照金剛撰」としているんだから、直伝に同感したので、そこから撰したんでしょうね♪
>
そうですね。
そういう直感的な(=大日如来よりの直接の伝授)もあったでしょうし、
何より実際にサンスクリットをインド人から学んだ人です。

ちなみに、映画の「空海」で入唐したばかりのお大師さんがインド人についてサンスクリットを習っているシーンがあるけど、
梵字を書いているあの手、私の師匠の手です・・・・・笑
スタント?


>
> 「秘鍵」を短く読誦しているのを前記の寺にて唱えていましたが…、
>
>  「文殊の利剣は〜
> 〜言うまじきを之を言えらん。…断り給えまくの巳」
> そして最後の方へ飛び、
>  「我依秘密真言義」〜
> 〜同断無明破魔軍」(終)
>
>  隆蓮さん♪は短縮?するならどう読誦しますか?

すごい短縮の仕方だなあ。
隆蓮房的短縮・・・・・考えときます。
宿題ってことで。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

隆蓮房的十巻章計画

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年12月 5日(土)19時14分15秒
返信・引用
  > No.1092[元記事へ]

雅です♪さんへのお返事です。

> はい☆隆蓮さん♪
>
> キラキラ番茶茶♪(^^)/
>
> > げげっ、大学読みと本山読み違うじゃん!!
> ん?アナタ♪がなぜ思ったの?
>  卒業して10数年しているが、いつもはどの読み方をしているんですか?
>   それとも誰かと共に唱えているから、違うじゃん!!と叫んでいるんですか?


ツッコミありがとうございます。

『般若心経秘鍵』は日常の勤行で頻繁に読誦する経典ではありません。
寧ろ、その内容を味わう「著作」です。
つまり、朗読の題材として取り上げられる「詩」のようなものではなく、
深い哲学書のような位置づけです(とはいっても格調高く読むことも可能)。

だから、通して読誦したりしないで、
好きな文句を心で諳んじて楽しんだりしているような状態。

さて、このあたりの問題に関しては、争点がいくつかあります。
大事な問題ですので、いずれ本堂に私の見解を載せたいと思っております。

1.読み方の相違について。
相違は存在する。

2.では、「正しい」ものはどれか?
「正しい」という定義にもよるが、あなたが師匠から直に習ったものが「正しい」。
だから、「正しい」という定義を厳密に考えなくてはならない。

つまり、単純に「違う」=「間違っている」とは言えないのです。


で、私がとあるページで誦えている声明は「大師教会読み」なのですが、
その読み方が「大学とは違うね」っていうご指摘を当掲示板で頂いたの、覚えてますか?
指摘者は「(あなた(隆蓮房のこと)の読み方が『間違っている』と言っているのではなく、大師教会と大学のようなごく近いところ(多分5分かからない)でも相違があるんですねえ」とちょっとした皮肉というか、おっしゃっていたんですね。

正直、「真言宗では」どれがスタンダードかと言われたら、高野山は少数派なので、「お大師さんの御膝元・まさに本家本元」という自負がありましても、例えば下の寺(京都とか)で合同で何かをするときは、そこの読み方に合わせて誦えます。
(正直、高野山内の土産物屋に置いてあるようなミニ経典は「京都読み」が多い)

要するに「数の多い集団」「声の大きい集団」が勝ち(笑)


今度は、「高野山では」という前提を置きます。
さて、「高野山では」どの誦え方がスタンダードでしょうか?

実は高野山内の宿坊でも色々なんですね。
だけど、各塔頭寺院(各宿坊)の人が集まって一斉に誦えなきゃならない時もあります。

これは私の勝手な感想かもしれませんが、高野山で集まってお経を唱える場面は大体3パターンです。

1.本山
2.大学
3.大師教会(『秘鍵』を大師教会で誦えたことがないので、今回は置いておきますが、教会本部が発行している『常用経典』もあります)

大学は本山の育成機関なのですが、全く同じ読み方をしておりません。
それもそのはずで、隆蓮房的予想によれば、『秘鍵』を読誦する場合と言うのは2つあり、
一つは「内容を吟味するため」に読誦、
もう一つは「お経(?)として読誦すること自体が目的」な読誦です。
よって、その場合に応じて読誦のスタイルが若干異なっているのではないだろうかと。


(1)本山スタンダード(儀式での読誦のためのスタンダード)
そして「本山」ですが、実は「本山スタンダード」も2つあります。
その差異を明らかにして統一スタンダードをこしらえたのが、私の大師匠です。

が、今回の『般若心経秘鍵』に関して言えば、私は大師匠の著作を持っていますので、「大師匠の見解では」スタンダードはコレ!というのは分かっています(たぶん)。
でも、それを実際に法会などの場で耳にしたことがありません。
私は女なので、儀式に出席することができないのです。
それに、十巻章を年替わりで少〜しずつ読んでいくので、『秘鍵』を読むのを聞かないで死ぬ可能性もあります。

経典の読誦は、文字を上から順番に読んでいくだけです(漢文だから)。
よって、差異があると言っても大したことはありません。
伸ばすところがちょっと違うとか、カネを叩くところがちょっと違うとか。
真言宗他派と合同してもそんなに問題が生じません。

しかし、十巻章の場合は訓読みするのです。
ですから、他派の書き下し方はかなり違うのですね。
そうなると「唱和」はちょっと無理。
だから、多分、合同で何かしようという時に『秘鍵』を読誦することはないと思います。

話を高野山内に戻します。


(2)大学スタンダード(主に勤行での読誦のためのスタンダード)

A.大学の科目として『秘鍵』を「学習」する場はありました。
その先生の誦え方は、寧ろ「本山スタンダード」でした。
(テキストも、「本山スタンダード」を使っていました)
ちょっと特殊な「発音」(「読み方」ではなく現代の日本語で使わないような「発音」。謡曲などにも出てくる)慣れてしまえば、非常に誦え易い。

B.そして、もう一つ『秘鍵』を読誦する科目もありました。
テキストは『常用経典』
どんな誦え方をしたか、正直、今、思い出せないんだよね。
印象がない。
もしかしたらぶっとばしたかもしれない。

C.その他、私は大学の修行道場にいた時期があります。
朝勤はいつも『理趣経』オンリーなのですが、夕勤はまちまちで『秘鍵』を誦えたことがあります。
その際には、大学推奨の『常用経典』というテキストで読みます。
(だから、もしかしたらBはCと同じ読み方をしたかもしれません)
その読誦の仕方がAとは違う。
でも、初学者にとってはこっちの方が読みやすいと言えば読み易い。
だけど、読誦能力(?)が高くなってくると、逆に読みにくくなってくる。

ところがね、この『常用経典』というヤツが意外と曲者であることに気付いたのです。
振り仮名は振ってありますよ、ええ。
しかし、中途半端なんですね。
「間違っている」わけではありません。

例えば、「蝶々」という漢字に「てふてふ」という仮名が振ってある感じですね。
あるいは、明らかに濁音や半濁音がつくような場合に省略されている。
真実不虚は「しんじっふこ」と振りがなされていても「しんじっぷこ」と発音するのがお約束。
もう「お約束」で決まっているんだから、わざわざ発音どおりに仮名を振る必要がない。
日本の文字には、古来から濁音や半濁音を書く習慣がなかったんですね。
でも、その当時の普通の学力がある人なら迷うことなくわかったことなんでしょうね。

ところが、現代はそうではない。
年々学力が低下したり、或いは日本語の発音が進化(?)して昔の「振り仮名をどう発音するか」迷うような場合もある。
だから、他の場所は発音どおりに仮名振りしてあったかと思うと、古風に省略されていたりして、こりゃダメだと。

ある意味、そうですね・・・・『常用経典』は「過渡期」に編纂されたんでしょうね。
だから、振り仮名だけを追って読誦しようとすると、滅茶苦茶になってしまう。
平成版を作るべきかもしれません。


そこでね、計画としては(予定は未定)、隆蓮房的に「読誦」を前提とした平成版スタンダードを提示だけしてみようじゃないかと。
性懲りもなく凝る隆蓮房ですから、いっそ京都読みとも軽〜く比較してみようかと。

《誰か、本文の打ち込みだけでもお手伝いしてくれないかしら?????》

隆蓮房的十巻章計画、発動したいものです。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

Re: ぽっくりさん♪

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年12月 5日(土)17時56分58秒
返信・引用
  > No.1094[元記事へ]

雅です♪さんへのお返事です。

> はいパーキラキラ月番茶茶♪(^^)/

アラレちゃんみたいですね。


「大随求陀羅尼」何故か治療院に安置してあります。
これ、長いんだよね〜〜〜〜。

でも響きが面白くって。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

ぽっくりさん♪

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年12月 4日(金)20時12分52秒
返信・引用
  はいパーキラキラ月番茶茶♪(^^)/

明日ゎ芽ぽっくりさん♪の縁日ですね♪

 名古屋の興正寺では、大随求明王を「ぽっくりさん♪」さんと呼んでいます♪

 下の世話にならないでポックリ♪と逝けれからです♪

 詳細ゎ「最初はgoo♪」からどうぞOKキラキラ

 それではお先に、
おん ばらばら さんばら
さんばら いんじりや びしゅだに うんうん ろろしゃれい そわか♪
 

代理出産について3

 投稿者:ぴちょんくん  投稿日:2009年12月 1日(火)23時19分31秒
返信・引用
  この事についてずっと考えていますがその「生命倫理」と言う時の「倫理」は多神教である仏教では論理的に足りないと言うか不足している部分がある様な気がします。生命倫理に関して昔から議論があるといえばキリスト教がそうですがキリスト教では如何なのかと言う気がしています。もしかしてキリスト教に私の釈然としない気持ちを解く鍵があるのではないか、と考えています。仏教では命は「授かる」と言うのに対しキリスト教では「創られた」と言う言い方をします。言いたい事はありますが今日はこの辺で終わってまた考えるとしますがもしかするとこの問題は、はっきり答えが出ない、あるいは答えのない問いなのかもしれません。ネットでは限界があるので一度宗教と生命倫理に関する本を当たってみようと思います。  

なぜ読みが?

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年12月 1日(火)23時15分21秒
返信・引用
  > No.1090[元記事へ]

はい☆隆蓮さん♪

キラキラ番茶茶♪(^^)/

> げげっ、大学読みと本山読み違うじゃん!!
ん?アナタ♪がなぜ思ったの?
 卒業して10数年しているが、いつもはどの読み方をしているんですか?
 それとも誰かと共に唱えているから、違うじゃん!!と叫んでいるんですか?

先祖様方の追善供養になり功徳となりますか?
> 当然です。
 じゃ唱えなくちゃあv▽v
 欲張りな雅ですから♪

そろそろ眠りモード♪に、
 芽皆さん♪(-.-)zzZ
 

キラキラ夫れ佛法…

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年12月 1日(火)22時51分45秒
返信・引用
  > No.1090[元記事へ]

☆隆蓮房さん♪へ

はいパーキラキラ今日も小春日和でしたよ♪o(^^)チョキ

>利剣の供養を毎日して
 ある日のために夜な夜な♪磨き込んでいるんでしょうね?
(笑)

>お大師さんの解説というのが、実は「インド直伝の解説に他ならない」と…
 お大師様は秘鍵♪を、
「遍照金剛撰」としているんだから、直伝に同感したので、そこから撰したんでしょうね♪

それで、
「夫れ佛法遥かに非ず♪
心中にして即ち近し… 」
 この言葉も直伝より♪なのでしょうか?


「秘鍵」を短く読誦しているのを前記の寺にて唱えていましたが…、

 「文殊の利剣は〜
〜言うまじきを之を言えらん。…断り給えまくの巳」
そして最後の方へ飛び、
 「我依秘密真言義」〜
〜同断無明破魔軍」(終)

 隆蓮さん♪は短縮?するならどう読誦しますか?
 

Re: キラキラ文殊の利剣ハ

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年12月 1日(火)00時24分32秒
返信・引用
  > No.1087[元記事へ]

雅です♪さんへのお返事です。


昨夜、読誦しながら思ったこと。

げげっ、大学読みと本山読み違うじゃん!!

で、さらに後輩のブログを参拝したら、そこでも「経典の読誦のスタンダード」についてのお話でした。
私の見解と彼の見解はちょっと違うのだけれど、それでも、同じ話題を同じ時にしていたってシンクロですよね。


>  この利剣ゎ不動明王の利剣を意味するのですか?

そうでないとも、そうであるともいえますね。
私も利剣の供養を毎日しているのですが、それがどこに届いているのだろうかと思いめぐらすと愉快です。



>  また読誦する事はご先祖様方の追善供養になり功徳となりますか?

当然です。


>  般若心経への芽お大師様♪の解説?でしょうか?

「かなりユニークなお大師さんならではの解説」というのが通説でしたが、今はそうではありません。
実は、「インド直伝のスタンダードな解説に他ならない」ということが分かっています。


正直、結構名のある真言宗の師(私は父上は存じ上げているがご本人は知りません。でも前線の学僧さん)が、
「『般若心経』は『大般若経』の「心要」などではありません。
 僧形タレント(実際にはここで実名を挙げている)が上梓したものなどは『般若心経』というタイトルの解釈さえできていないのに、どうして内容の講釈をする資格があるのでしょう?」
とかなり辛辣に書いています(「糾弾」という論調でした)。

本堂の他掲示板でも述べましたが、
私的にゆるくでもいいから、一般の人向けに秘鍵の解釈はやりたいと思っております。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

Re: 回答について

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年12月 1日(火)00時09分18秒
返信・引用
  > No.1088[元記事へ]

ぴちょんくんさんへのお返事です。

>でも私は生理的な事や倫理的な事以上に何か手放しで喜べないものを感じます。

その「何か」が何であるか、納得のいくまで考えるべきでしょう。
もしくは、それが何であるか述べなければ、伝わるものも伝わらないでしょう。
どうか、貴方様の言語感覚・思考感覚を磨いてください。
そして、私たちにもシェアしてください。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

回答について

 投稿者:ぴちょんくん  投稿日:2009年11月30日(月)23時34分18秒
返信・引用
  そう言われれば倫理的云々よりもやはり生理的な嫌悪感からこの感情は来ているのかもしれません。倫理的よりもより身近で割り切れないもの、納得できず受け入れられないものといえばやはり「生理的な嫌悪感」だろうと思います。でも私は生理的な事や倫理的な事以上に何か手放しで喜べないものを感じます。嫉妬や妬みなどでは全く無い何か割り切れないものを感じます。  

キラキラ文殊の利剣ハ

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年11月30日(月)22時00分29秒
返信・引用
  > No.1085[元記事へ]

☆隆蓮房さん♪へ

> 般若心経秘鍵を読誦してしまいました。
 good:timing♪o(^^)チョキ

 この利剣ゎ不動明王の利剣を意味するのですか?

聖不動尊大威嚇怒王秘密陀羅尼經に文殊様と普賢様が現われていますから…


 また読誦する事はご先祖様方の追善供養になり功徳となりますか?

まだ数週間前に、知立市にある三弘法の遍照院にて、大太鼓を叩いて読誦しているのを初めて聞き…それ以来少しづつ唱えています♪
 簡易読誦法?したり、全読誦をしていますが…

 般若心経への芽お大師様♪の解説?でしょうか?
 

ガタカ

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年11月30日(月)21時46分10秒
返信・引用
  って映画があります。
近未来の話。
http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/e/62f332e8a9f5e21db66d577934530f44

代理出産ではないんだけど、遺伝子操作による体外受精がフツウになっている社会の話。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

Re: ☆仏母♪

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年11月30日(月)21時29分48秒
返信・引用
  > No.1082[元記事へ]

雅です♪さんへのお返事です。

昨夜、般若心経秘鍵を読誦してしまいました。
夕勤で読誦するのは久しぶりでした。

このテクストのゆるい講釈もやってみたいなあ。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

Re: 代理出産について2

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年11月30日(月)21時27分38秒
返信・引用
  > No.1083[元記事へ]

ぴちょんくんさんへのお返事です。

例えばだけど、代理出産というと「確かに遺伝子上は実子」なんだけど、それは双方の精子卵子には問題がなくて子宮とかそっちに問題がある場合だよね。

でも、精子バンク(とか)で精子、あるいは卵子をゲットして出産するという場合もあるでしょ。
それは浮気ではないんだけど、「遺伝子上は実子とは言えない」よね(嫡出子と違う)。

もしかしたら、精子卵子双方をバンクに頼る場合だってあり得る。
日本語には「産みの母」「育ての母」っていう言葉があるけど、まさにその「産みの母」というか。

どっかの国で、「結婚はしたくないけど子供は欲しい」シングルの女性が、精子バンクで精子をゲット。
そういう場合、お金でランク(?)が選べるらしいのね。
で、IQの高い人の精子をゲットしたんで産まれた子は天才児ってのをドキュメンタリーで見たことがあります。
そのお子さんは今、どうしているのだろう。


勿論、倫理的にはいくらなんでも許されないだろうけど、
たとえば隆蓮房の卵巣に異常があって、結婚もしたくなくって、それでも子供が欲しいという時に、
今の科学なら、精子と卵子、好きなのをチョイスして自分で産むということもできる。
好きな組み合わせを考えて赤の他人に「代理出産」してもらい、
そして「育ての母」になる・・・・・ってことも可能なわけでしょ。

色んな色んな可能性を考えると、どこで線引きしたらいいのかって悩みますね。
クローンとかの問題もそうです。


有名な無着(アサンガ)と世親(バスバンドゥ)は兄弟。
彼らの母は尼僧だった。
熱烈に仏法を興隆したいと願っていた。
しかし、現実には尼僧は無力でできないことばかり。
だから、彼女は「仏法を興隆ような男の子を生むべく」還俗して、
初めはクシャトリヤの男性と、次にバラモンの男性と関係をもった。
この場合の還俗は、すごい尊い選択だって言う話なんだけど、
もし、彼女が現代人なら、精子バンクで精子を買ったかもしれないって思っちゃう。
え? 冒涜かな? でも、現代風に考えるのならそういうことじゃないの?
それくらいの勇断をしたってことでしょう、非難を恐れずに。


それと私はね、母親が「娘のために」老体(?)に鞭打って出産という大事業をなしたのって純粋にスゴイって思っちゃった。
母親じゃなきゃできない。

周囲の応援があった(=理解があった)ってのもスゴイと思うのよね。

一昔前の儒教的倫理観で考えると、相当気持ち悪いかもしれないから。
だってさ、義理の息子の子供を産むって、儒教社会ではタブーだもん。
だから、夫の母親なんかはどう思っているのかなあって、かなり疑問なのよ。
これがまた、「夫の母親が代理出産」だったら、もっと気持ち悪いでしょう?
日本だと、この問題(妻実母が代理出産)に関しては、そういう生理的な気持ち悪さも無意識に含んでいませんかねえ?

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

代理出産について2

 投稿者:ぴちょんくん  投稿日:2009年11月30日(月)20時20分21秒
返信・引用
  皆さんのご意見、拝見させていただいております。雅様が仰られる事は大変よく分かります。例えば浮気をした人がその相手との間に出来た子供でも子供に罪はありません。ですが
「不義の子供」として見られて決して身内からは祝福される事はないでしょう。親はどうか知りませんが。私が釈然としないのはただ一点「生命を操作する事は許されるのか」です。親と代理出産した母親、生まれた子供に罪はありません。浮気の果てに出来た子供でもありません。雅様の言われる通り、母子共々「御仏の心」にふれられています。がその前の「命
を操る」と言う点に関しては納得が行きません。「宗教や倫理の前にひれ伏せ」とか「倫理なんて法で踏みにじってしまえ」とかそういう事を言っているのではない事をご理解下さい。
 

☆仏母♪

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年11月30日(月)20時17分49秒
返信・引用
  はいパーキラキラ月今晩わ〜♪

 ☆般若波羅蜜多経♪

 諸仏の母たる「智慧の完成」を説く経典♪

 悟りの智慧は「般若」と呼ばれる♪

 「般若波羅蜜多」とは、「完全なる智慧」という意味♪

仏母は文字通り、「諸仏の母」という意味であるが、智慧の完成と理解される般若波羅蜜多は、よく一切の仏を出生するから仏母と呼ばれる♪

「大般若経」では「般若波羅蜜多は諸仏の母」と説かれ、また「般若心経」にも「三世の諸仏は般若波羅蜜多に依る故に…、得たまえり」と…

般若波羅蜜多が「仏母」と呼ばれることで、とくに密教では尊格のひとつとみなされていて、胎蔵曼荼羅に登場している♪

はいパーキラキラ雅語録でなく、立ち読みでしたあ♪

ほんのチョピシダケ♪わかったような…(^^;)??汗


 はいパーキラキラキラキラ隆蓮さん♪
母(父)の愛のスゴさは…
 仏説父母恩重経にある「十種の恩徳」にありました♪

いっぱいクローバー親孝行します♪
 

☆雲にのる♪

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年11月29日(日)23時40分17秒
返信・引用
  > No.1078[元記事へ]

隆蓮房さん

はいパーキラキラ雨//こんばんわ〜♪
 キラキラ隆蓮さん♪
> この掲示板、絵文字出るんだ・・・始めて知り、驚愕。
 ん?ちゃんとケータイ絵文字OK って書いてありましたからv▽vパー


> 芽優しさが満ちあふれた胎蔵界の母の胎内に…
 以前に胎蔵界は母の胎内と、教えてもらった言葉ですよv▽vチョキ


>『雲にのる』ご存知でしょうか、本宮ひろしの密教漫画。
 はいパーキラキラその漫画は知らないが本宮ひろ志は芽大好き♪
 俺の空♪ サラリーマン金太郎♪
 男樹♪等…

 キラキラ隆蓮さん♪も漫画好きなんだあ〜♪

> 男天人は彼女を「さして美しくもない」と思っても惹かれてしまう。
 きっとクローバー魅力のある女性に違いないo(^^)チョキ
  美しいだけでは…、惹かれないでしょう(^^;)汗


> そしてその胎に宿るとあまりの心地よさに、何千年もそこに留まってしまう。
 きっとハート愛し合う二人は、
一切自在主清浄句是菩薩位♪へ

 だから題名が『雲にのる』なんですね?隆蓮さん♪


 雅語録の浅学非才より…

 あッ 投稿の方法?
  『リンクする』のまんまだけどいいのかな?
 

みほとけの心に…

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年11月29日(日)22時48分44秒
返信・引用
  はいパーキラキラ雨//今晩わ〜♪

> ただ願うは、
>  『みほとけの心』にふれらることでしたが…

もう母娘赤ちゃん♪の家族は、
キラキラ『みほとけの心』にふれられていますね♪

代理出産をした母親が、
 「多くの人の支えでここまで来られた、心から感謝をしています♪」と…
 この言葉に『みほとけの心』がいっぱいありますね♪
 多くの人はクローバーみほとけ♪
 感謝の心はクローバーみほとけの心♪


>生命を操作することがみ仏の心に適うかどうか?
はいパーキラキラ神秘なる創造の日々と申し上げたのは、胎内は人の知では計り知れない神仏(カミホトケ)の智の世界と想います♪

>私には浅学のせいか分かりませんが。
 なら「浅学の才も非ずの雅」
はどうしたらいいのでしょう?


 浅学の才も非ず♪の雅語録ヨリ
 

Re: 法律上の規定について

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年11月28日(土)23時09分27秒
返信・引用
  > No.1077[元記事へ]

ぴちょんくんさんへのお返事です。


>今日またニュースで代理出産をした母親が「代理出産を何処かに置き忘れないで欲しい」と言っていました。

むむむ、ちゃんと考えねばなりませんね。
貴方様のご投稿は、いつも時勢に則った話題で考えさせられます。
仏教は何かの逃げ道というか、日本では厭世感に彩られた遁世の手段に思われてしまうことがあります。
浮世離れ・・・・・・現実に即していないという悪い意味で用いられてしまったりします。
そうではなく、「生きることの根本」ではないでしょうか?


とはいえ、ここはバーチャルの伽藍。
しばし浮世を離れてバーチャルで癒されるのなら、それもまた悪くはない。

蓮は泥の中から生じて、その泥に汚されることなく美しい花を咲かせる。
そしてまた、菩薩は俗世に還り、利益を施す。


>生命を操作することがみ仏の心に適うかどうか私には浅学のせいか分かりませんが。高田夫妻の場合は代理母が外国人で米国では認められましたが日本では高裁と最高裁の判例は違う結果となった事が書いてあります。

要するに、「法律」は人間が規定したものに過ぎないってことです。
しかも、解釈次第。

「法」はサンスクリットでは「ダルマ」でいろんな意味を持ちます。
法律もダルマ、仏法もダルマ。


しかし、母親の愛ってスゴイなあ。
仏教(密教)では「仏母」というカテゴリーがあって、母なるものへの尊敬はかなりのものです。
「胎蔵」の思想もそうですね。

明日は日曜日。
お時間のある方は、しばし仏の声に耳を傾けてみましょう。

私は今日はここまでです。
明日からはちょっと忙しいかも。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

Re: ☆神秘なる生命♪

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年11月28日(土)22時49分46秒
返信・引用
  > No.1076[元記事へ]

雅です♪さんへのお返事です。

> はいパーキラキラこんばんわ〜♪

この掲示板、絵文字出るんだ・・・・・。
始めて知り、驚愕。
>
> 芽優しさが満ちあふれた胎蔵界のキラキラ母の胎内に宿った受精卵がクローバー神秘なる創造の日々を経て新しい生命の誕生を祝います♪

なんか、これって『雲にのる』ですね。
ご存知でしょうか、本宮ひろしの密教漫画。
胎内に胎蔵マンダラを有している天女が出てきて、男天人は彼女を「さして美しくもない」と思っても惹かれてしまう。
そしてその胎に宿るとあまりの心地よさに、何千年もそこに留まってしまう。

そこでまた思い出してしまうのが、『チベット死者の書』の一節(の解説)に
「生まれる時、みんなは喜んでいるがお前は泣いている。
 死ぬ時、みんなは泣いているがお前は笑っている。」

>
> 幸せか?不幸せか?誰にもわからないし、誰も決める事は出来ないと想います♪

「幸せは自分の心が決める」って言いますしね。

> 雅語録の浅学非才より…
>  *補足説明
>   浅学の才も非ず♪

語録の投稿、お待ちしております。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

法律上の規定について

 投稿者:ぴちょんくん  投稿日:2009年11月28日(土)22時28分41秒
返信・引用
  法律上は民法に規定があります。ここでは長くなるので詳しくは「代理出産」で検索して、「法律」で絞り込むとタレントの高田延彦・向井亜紀夫妻の事例が載っていますのでそちらを参照していただきたいのですが、今日またニュースで代理出産をした母親が「代理出産を何処かに置き忘れないで欲しい」と言っていました。雅さんのご意見もよく分かりますが、生命を操作することがみ仏の心に適うかどうか私には浅学のせいか分かりませんが。高田夫妻の場合は代理母が外国人で米国では認められましたが日本では高裁と最高裁の判例は違う結果となった事が書いてあります。  

☆神秘なる生命♪

 投稿者:雅です♪  投稿日:2009年11月28日(土)22時01分2秒
返信・引用
  はいパーキラキラこんばんわ〜♪

芽優しさが満ちあふれた胎蔵界のキラキラ母の胎内に宿った受精卵がクローバー神秘なる創造の日々を経て新しい生命の誕生を祝います♪

幸せか?不幸せか?誰にもわからないし、誰も決める事は出来ないと想います♪

それはその生命だけがこれからの長い年月を生きて感じる事でしょう♪

ただ願うは、
 『みほとけの心』にふれらることを…


雅語録の浅学非才より…
 *補足説明
  浅学の才も非ず♪
 

Re: 代理出産について

 投稿者:隆蓮房  投稿日:2009年11月28日(土)18時38分27秒
返信・引用
  > No.1074[元記事へ]

volvoさんへのお返事です。


> 今はインターネットで自由に、文書図式、音声、画像、なんでもありで飛び交っていますから、アングラなんて言葉も死語になってしまいました。
>
いつも死語の世界をさまよっている私ですが、「アングラ」は存じませんでした。
アンダーグラウンド?


> 未だ20代だったころのことで、この人間便器のヤプーは大変懐かしい。ただし、ちっともいい小説だとは思いませんよ、今でも。

ざらっとしか読んでいないので、いいか悪いかと問われると判定に困るのですが、かなりブラックな小説というか。
一種の自虐史観であり自慰史観なのかなあと。

この対極にあると思われている2つの観方って、根っこは一緒。

コインの裏表。
(金田一先生が「英語には裏表ってないんだよ」って書いてました。実際はどうなのでしょう?)

逆転の発想、表裏が一体化していくストーリー展開、まさに渋澤好みだよなあと思うんです。

要するに密教的です。
密教の五摩。
曼荼羅には墓場が描かれて。
血肉を貪り食う守護尊は人間の皮を纏い、骨で作った瓔珞で身を飾る。
法具も人骨でできているし。

「何故、そこまで」と思うほど徹底して穢れとされていたものを好んで用いています。
決して食事に左手を使わないとか、カーストが厳密に分かれているようなインドでは、月までぶっ飛ぶくらい衝撃的なことだったんじゃないでしょうか。

>
>
> 高校生のころ、本屋で立ち読みした山田風太郎の「くの一忍法帳」に「忍法やや移し」という術もあったっけ。
>
> こういうことも、臓器の互換性があるとしたら可能かも知れない。


山田風太郎も怪奇小説。
発想が似ていますね。

私は怪奇よりは幻想小説の方が好きです。
でもファンタジーはちょっと無理。
そんなにピュアじゃないから(笑)。





> 科学技術という浅はかな目先の人間知に惑わされないで、三界得自在に生きるようにしたいものです。

本当ですね。
一応、日本国憲法では、頭の中で何を考えようが個人の自由です。
しかし、それを発表するとなると、ちょっくら規制がかかり、
実行するとなると後ろに手が回ったりするわけですね。

密教者として自由自在に生きるべく、お互いに精進してまいりましょう。
ブッダよ、浅はかな私たちを導いてください。

http://blog.goo.ne.jp/ryu-ren_bou/

 

Re: 代理出産について

 投稿者:volvo  投稿日:2009年11月28日(土)14時41分59秒
返信・引用
  > No.1070[元記事へ]

隆蓮房さんへのお返事です。

親愛なる隆蓮房さま

> 『家畜人ヤプー』

この小説がまだ出版されないで、出版関係者にばらまかれたころ、まだ時代は大学騒動の余韻がくすぶっていて、アングラ怪文書が飛び交っていました。

今はインターネットで自由に、文書図式、音声、画像、なんでもありで飛び交っていますから、アングラなんて言葉も死語になってしまいました。

未だ20代だったころのことで、この人間便器のヤプーは大変懐かしい。ただし、ちっともいい小説だとは思いませんよ、今でも。


> > 代理出産


高校生のころ、本屋で立ち読みした山田風太郎の「くの一忍法帳」に「忍法やや移し」という術もあったっけ。

こういうことも、臓器の互換性があるとしたら可能かも知れない。


> 「子供『さえ』いれば幸せなのに」

この逆の発想をして、幼児虐待、幼児殺人という事件も発生していますね。

代理出産も子殺しも、人間の自己中心主義から発している同根の迷いの産物でしょう。

科学技術という浅はかな目先の人間知に惑わされないで、三界得自在に生きるようにしたいものです。

http://homepage1.nifty.com/volvo-taxi

 

以上は、新着順1番目から30番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
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