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鈴木大拙 と 出雲の浅原才市

 投稿者:森林材木(もりばやしざいもく)  投稿日:2015年 2月15日(日)20時34分42秒
  放送:  NHK BS-Eテレ
テーマ: 第4章 「日本的霊性」(鈴木大拙著)について
放送日: 2015年1月2日(金) 21:30~23:10 (この内の第4章のみ表示)
話し手: 中沢新一 (なかざわ しんいち) → 人類学者
      1950年5月28日 生まれ
      日本の哲学者、思想家、人類学者、宗教学者。
      明治大学特任教授/野生の科学研究所所長。
      多摩美術大学/美術学部芸術学科/客員教授。
(お話の概要は次の通りです。)

第4章「日本人の根源にあるもの」

① 鈴木大拙とは: 仏教学者(1870/明治3年-1966/昭和41年)
-英語教師から善の研究者になった。日本の禅文化をアメリカに紹介。
-昭和19年(1944年)「日本的霊性」を発表→ 仏典を英訳した最大の功労者。
  詩人達がその翻訳語を使用した。 宗教の核心は「Spirituality」と言われている。
  Spirituality とは、生命にも、物質にも影響する根源的な、霊(Spirit)の働きの事である。
-キリスト教においても、Spirit(聖霊)は、父なる神、子なるキリストよりも、もっと根源的な力である。
-Spiritualityという根源的な力が、日本人の「無意識」の中に発動していたし、
  日本の歴史も作ってきた。 それをこの本は、はっきりと形にして取り出した。
  ロジックで取り出すとどうなるかに挑戦した本である。
-昭和19年頃の日本では、日本精神、大和魂とかが、世の中を覆っていたが、
  鈴木大拙は、この戦争(太平洋戦争)は負けるであろうと確信していた。
-戦後の日本人は心の拠り所を何処に求めたらいいだろうかと考えて、
  「日本的霊性」を本の名前としているが、要するにこれは「無意識」の事である。
  即ち、この戦争を期に、日本人はこれまで抱えて来た「無意識」を、
  原理にまで「覚醒(かくせい)」しなければならないと言っている。

② 日本人がこの霊性を自覚したのはいつなのか?→ 大拙は歴史を検証していく。
-飛鳥、奈良、平安時代は、貴族が社会の中心であった。
  言葉に不思議な力が宿る言霊信仰、はかなさに感じ入るもののあわれを感じる感覚はあったが、
  働くことの無い貴族には、生活に深く根ざした宗教意識には達していなかった。

-「霊性は、大地を根として生きている。萌え出る芽は天を指すが、根は深く深く大地に食い込んでいる。
  それゆえ平安文化には宗教が無い。平安人(びと)というは、大地を踏んでいない貴族である。」

-鎌倉時代に大きな変化が訪れた。貴族に代わり大地と直接係わりながら生きる武士が台頭。
  そこに禅宗がもたらされ、死と直面する武士に生きる心構えを目覚めさせました。
  更に、農民には浄土思想が広がります。念仏さえ唱えれば、どんな人でも極楽浄土に行けると言う。
  親鸞は、農民達と向き合う中で、大地に根ざした暮らしの中にこそ真理があると確信したのです。

-我らは、大地そのものであるという事に気付くと、ここが直ちに畢竟(ひっきょう)浄の世界である。
  考えそのものが大地になるのである。大地そのものが考えるのである。
  そしてここに日本人の宗教信仰的自覚があるのである。 これを日本的霊性的自覚という。

-台地に生きる武士や農民が、禅宗や浄土思想の教えに触発されて、より根源的なものに
  目覚めた事を「霊性的自覚」と呼んだのです。

③ 日本人の覚醒というのは、鎌倉時代に起こっている。 (鈴木大拙の考え)

-日本人が無意識のまま抱えてきた根源的なロジックは何かを、考えて取り出したのは、
  禅と浄土真宗である。 なぜ出来たかというのは、今までは貴族を中心とした文化
  (特定分野に集中した学者が、ものすごい修行・勉強をして、大衆とは分離していた)であったが、
  鎌倉時代に民衆の中に下りてきた。 大拙の言い方では、知識・文学で頭の中で考えている状態で、
  まだ大地に下りていなかった。
  それを初めて日本の大地に下ろした時に、日本人が本来昔から抱えてきた無意識の構造が
  下からワーッと湧いてきた。 膨大な仏典の大半が必要ないんだと気付いて、
  そこから重要な物は何かとして取り出したものが有り、それが、「禅のいくつかの考え方」と
  「浄土真宗のお念仏」の二つだけでいいんだという事に到達した。
  核心部だけが残って民衆の中に浸透して行き、同時に、民衆の中から新しい思想が湧き上がる
  という往復運動が初めて始まって、それによって日本人がおのれがどういう思想を持っているか
  という事に気が付いた。

④ 禅や浄土思想と出会うことで、自覚したと言う日本的霊性の特徴は、
  (a) 大地性
  (b) 莫妄想「まくもうそう」
  (c) 無分別智の三つであると 大拙は説明している。

-「大地性」というのは、具体的な日常生活の中に下りて行って、生活の隅々で活かされるようになる。
  例えば、立ち居振る舞い、食事の仕方、農作業、等に思想が下りてくる。 あるいは、
  大地の方から思想の方へ影響を及ぼすというのが、大地性である。

-「莫妄想」(妄想すること莫れ)というのは、自分の目の前のイリュージョンを取り去ること。
  すると→この世界が非常にクリアーに見えてくる。(注: 莫(まく)=無)
-「無分別智」というのは、今の世界は、分別で作られている。
  右左、上下、海山等の概念で分別して世界を捉えている。この分別も取り払いましょう。
  すると→もっと根源には「無分別智」が動いていることが判る。

-座禅で考えないという事は、脳の働き「分別智」を停止させると、何も無くなるのではなくて、
  世界全体を 直感的に捉えていく「無分別智」が大きく自分の前に広がってくる。
  例えば、人が花を見るときは、花も人を見るという事であり、即ち、花という命が、人間に向かって
  いるという事が同時に起こっている。 即ち、主も客もないという状態が作り出されている。

-浄土真宗も、この分別をすべて取り払いましょうと言っている。
  例えば、日常の作業をやっている場合に、普通は、「この作業をやらせて頂いて有難うございます」
  と祈るが、浄土真宗ではそんな事は不要であると言う。 作業をしている動きは、阿弥陀如来
  そのものの動きで、仏と私は一体になっているんだという境地を目指せと言っている。

-親鸞の考え方:
  「善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや」 悪人正機 (悪人こそが救済の対象)
  親鸞は、「身分や職業を問わず悪人ですら救われる」と説いた。

  大拙は、これを善悪さえ超えた「無分別智」だと言います。
  親鸞の最初の弟子には、武士が多く、川の民、山の民が多い。彼等は、殺生をする人達であった。
  武士は、人切りの職人、山の民は狩猟、川の民は漁業で殺生をしていた。
  中世時代は、これが悪であった。特に仏教は「殺生は悪である」と言った。
  彼等が親鸞に「私達でも救われるか?」と問うた所、「もちろん救われる」とすぐに自信を持って
  答えた。これは、善悪を超えたものであり、「たとえ殺生をしているあなたでも、阿弥陀仏は
  救済します」と断固として答えた。

-「浄土教」の教えは、外国から持ち込まれたものでは無く、初めて日本人の心に宿り、
  日本人の思考方法を引出した。 これを大拙は、「覚醒」と呼んでいる。
  「日本人の霊性」が持つという「無分別智」、しかし、今の我々は、成功、失敗、損得、等、様々な
  分別を日々行いながら生きています。

-我々は、「無分別智」とどの様に付き合って行けばいいのでしょう?
  日頃、知識を持ち、判断するという「分別」をしているその奥で、「無分別」を常に働かせながら、
  「分別」を相対化していくのが良い。
  例えば、ダイエット(食事制限)と逆に食べる事、分別の内(限界内)と分別の外、
  理屈で思う事(真理)と本当にやりたい事、義務と欲望の混同、義務感を与えるのが分別で、
  それを取り払うと自分の行きたい方向が見えてくる。

- 一番重要な日本人の知性の働かせ方は、分別が働いている所の奥で、同時に無分別智が
  働いていて、分別しているものを、無分別の直感がいつも下から見る、この構造で世界を見る、
  これが日本人が目指してきた清き明き心(大元の考え方)である。

-この無分別智を最も体現している人の例として、大拙は、出雲の「妙好人」を紹介している。
  「妙好人」とは、浄土真宗を熱く信仰する一般の人を指します。
  その一人が、かって、島根県大田市温泉津(ゆのつ)町小浜に住んでいた「石見の才市
  (いわみのさいち)」と呼ばれた浅原才市さんです。 (注:今から163年前の、
   江戸時代嘉永3年2月20日に生まれ、昭和7年1月17日に83歳で亡くなった。)
  11歳から大工職人に奉公。 博多で船大工として暮らした後、50歳を過ぎて故郷に戻り、
  履物店を構えました。 下駄を作る毎日の中に、自然にあったのが阿弥陀仏への信仰でした。

-近所のお寺で僧侶が語る法話を誰よりも楽しみにし、法話を聞いてあふれ出た言葉を、
  カンナ屑や下駄の鼻緒(はなお)等の身の回りの物に書き付けました。
  書いては燃やしていた才市でしたが、知り合いに勧められてノートに書くようになります。
  才市が書き綴ったノートは100冊に上りました。 晩年、画家が描いた肖像画の背が低すぎて、
  才市は納得せず或る頼み事をしました。 それは、頭に角(つの)を書き加える事でした。
  自分はちっとも偉くない、浅ましい鬼の様なものだ。
  暮らしの中で、才市が達していた境地こそ最高の進むべき道だと大拙は考えました。

-浅原才市の作った歌 (下駄の裏に書いていた)
〇 歓喜の御縁に会う時は、時も、所も、言わずにおいて、わしも歓喜で、あなたも歓喜、
   これが楽しみ、南無阿弥陀仏。
〇 わしが阿弥陀になるじゃない、阿弥陀の方からわしになる。南無阿弥陀仏。
〇 お慈悲も光明もみなひとつ。才市も阿弥陀もみなひとつ。南無阿弥陀仏。

  これが、日本の宗教的境地の最高峰であり、普通の職人さんが、無口で、欲は無く、いつも
  歓喜(よろこび)に満ちて生きている。 この人が最高であると、大拙は言う。(無分別智の極致)
  「相田(あいだ)みつを」さん(相田光男、詩人、書家)は、この流れの中に入るとも言える。

-この様な仏教(精神)が、鎌倉時代に自然発生し、そのまま持続しているのが日本人の心の本質で、
  更に追求すると「莫妄想」「無分別智」に至るが、とても「妙好人」にはかなわないと、大拙は言う。
  この考え方(無分別智)は、米国のヒッピー文化、アレン・ギンズバーグ(詩人)、ビートルズ、
  更には、Steve Jobs(Apple社設立者)にまで伝わった。

  (注記) 鈴木俊隆(しゅんりゅう):日本ではあまり知られていないもう一人の鈴木老師。
        曹洞宗僧侶、1905(明治38年)~1971(昭和46年)/米国で死亡(1959年渡米)。

  この大拙の考えは、外国で理解されているが、逆に、日本では、うまくハンドリングされていない。
  Steve Jobsは、主客未分のソフト ツールを作った。

⑤ 日本は、「分別」という鎧(よろい)の中に、「無分別」を保存して、育てるという、
  「バージョンアップされた日本的霊性」とでも言うべき日本的な思考構造を構築するべきだ。
  中核部分に「無分別智の中空構造」を置いて、その周りに「分別智」の体系(グローバリズム、軍事力、
  等に対抗できるもの)を置いて、しかも、中核(無分別智)と周り(分別智)とが絶えず交流している
  状態を作っていくことが必要である。
  まとめて言えば、今後の日本は、「無分別智」を活用していく事が必要である。

⑥ 晩年の鈴木大拙が語った言葉: (1962年)
  西洋では、これが宗教、これが哲学、これが芸術、等と、きちんと分けられており、日本には
  そういう観点からの宗教はないかも知れない。 しかし、仏教には、
  「人間生活そのものを一つの宗教と見てゆく」という考えがあり、実際に、我々の日々の暮らし
  の中に宗教が生きている点を見ると、何と言っても、人間は宗教なしには生きられない。
  やはり、自分で物を考え、自分でものを見てゆく、習慣をつけなければならない。
  つまり、外ばかり見ないで、内にかえりみる事が必要である。

以上
 
 

一千兆円を超える日本の借金

 投稿者:まじめな日本人  投稿日:2014年12月14日(日)18時03分58秒
  1. 一千兆円を超える借金に、平然としていられる一億総日本人の心境が不思議でならない。
  これには、次の理由が考えられる。
  ① 日本人の政治的・財政的感覚が麻痺している。
  ② 「日本の国債が値下がりして、紙切れになったとしても、国債保有の銀行・日本人が損を抱えて、
    耐えれば、何事も無かった事になる。」 という覚悟ができている。
    この様な覚悟が、受入れられるのであれば、これ以上、国の借金返済問題を、考える必要がない。
    しかし、許容される話では無い訳で、もう一歩、踏み込んで考えてみる必要があります。

○ 例として、太平洋戦争を考えてみましょう。
多くの将兵・多くの市民が空襲で亡くなり、日本の都市は焼け野原となった。
しかし、成行きだから、誰も悪くないし、しようが無い事と、反省も無く諦めている。

一千兆円を超える借金問題も、太平洋戦争に似て、誰も悪くなく、悲惨な事態が起る可能性を秘めており、
歴史が繰り返えされる可能性がある。

○ 次の例として、東日本大地震災害を考えてみましょう。
  大津波/被災地の復興として、今後の地震発生と同時に、避難手段を講じた施設の復元が
  考えられています。 しかし、「災害復興」という美名の下に、避難の難しい施設が建設されても、
  自己責任であり、誰も悪くないのであります。
  千年に一度の災害は、千年の長期間が悲惨な記憶を忘却させ、
  また「想定外の津波発生」となる事でしょう。 歴史は、繰り返すのであります。

なぜ、日本の災難・災害の歴史は繰り返されるのでしょう。
一千兆円を超える借金の破綻という災害は、如何に解決されるべきでしょうか?
なかなか、解決策は見当たりません。

2. それでは、日本の政治・経済の現状が、如何に八方塞がりで、嘆かわしい状況にあるか、
  先ず考えて見ましょう。
  現状を改革する方法として、①現状を打破して改革する革命(例: 明治維新、米軍占領政策)と
  ②和をもって尊しとなすという現状維持下での改革を目指す改善、という2通りの方法があります。

2.1 前者の内、自力革命が「明治維新」であり、他力革命が「米軍占領政策」であります。
   古来日本の農民思考では、誰かがやってくれる、良い殿様(大名)が来てくれる、自分等に都合の
   良い政府軍 or 独裁者(米軍)が出現して、改革してくれるという待ちの姿勢であります。
   徳川吉宗(将軍)、保科正行(会津藩主)、上杉鷹山(米沢藩主)がその例でしょう。
   しかし残念ながら、今後、この様な殿様、善なる独裁者が出現し、革命が起きる事は、有り得ない。



2.2 現状維持下の改善は、次の様なものです。

a. 議論噴出でまとまらず、結論に至らず、現状維持すらできずに、改善は破綻する。
b. 争いを避け、和をもって尊しとなし、自己利益温存で、不利益行政には反対する。
c. 日本では、名目上は多数決制の民主主義体制なるも、選出された代議士は、
  次回選挙の落選を気にして、支持者の意向に拘束され、真の政策実行ができていない。
d. 時の風潮に流され真の目標を見失う。(例:先の大戦で、軍部独裁に目をつぶり、黙認した。)
e. 過去の自民党の50年の政策が否定され、この事を自民党も認め、変革を目指していた。
  ところが、民主党の一部失政に目が眩み、否定された50年を忘れ去り、「元の強い日本に戻ろう」
  なる掛け声に踊らされて、元の否定された50年に戻りつつある。 嘆かわしい事だ
f. 選挙の棄権者が多すぎる。 これは、既存大政党に利する行為である事に民衆が気付いていない。
g. この様な状態では、日本の政治は「衆愚政治」と言わざるを得ず、現状維持下での改革
  (一千兆円の返済)は、まったく期待できない。

3. 革命も、改革も望めないとすると、どうするべきでしょうか?
  今後の借金を増やさないと同時に、地道に、堅実に、少しずつ、返済をするしか道は無い。
  「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」 (上杉鷹山)
  他にも、次の様な方策があります。

3.1 将来、日本の人口減少が予測されている。 経済規模を、減少する人口に見合った規模に縮小する。
   縮小しても、輸出/輸入が均衡していればOKで、過去に囚われた元に戻す等の無理な目標設定を
   しない事。 遊んでいる人間を活用すれば、外国人労働者の受入れ無しで、
   人口減少に対応できる可能性がある。

3.2 現在は、資源国が自ら加工を加えて輸出するから、日本が資源国から資源を輸入し、
   加工して輸出する「加工貿易」は、もはや望めない。
諸外国と共存共栄・交流の中で、諸外国が不得意な分野(スキマ)を狙った相互貿易を目指さざるを得ない。
その為には、国家予算に計上して、交流に不可欠な英語力・英会話の徹底教育を、実施するべきである。
但し、外国語習得の不適合者は、選別して無理強いせず、また、国語学者、国文学者の言動に
惑わされない事が肝要である。

3.3 国内消費、個人消費を増やすべきだと主張する安易な政治屋もいる。
   ところが、国内では、産業の空洞化により、国内で購入する原料・製品のほとんどが外国製になっている。
国内消費は、即ち、輸入品を消費する事であり、輸入を増やす事に他ならない。
金利・株価・地価・物価を上げるべきだという議論も、泡銭(あぶくぜに)経済であり
真の日本の経済力増強には何の役にも立たない。

以上
 

自我の形成 と 個性の発揮

 投稿者:風林火山  投稿日:2014年10月29日(水)12時28分6秒
  (副題)(実用的簡易思考モデル)

仮想モデルを設定して考えると、何事も理解し易くなる。 以下は人の脳内の仮想モデルである。

A 記憶情報

記憶情報は、下記の4つから構成される機械装置の中に格納され、検索されるものと仮定しましょう。
(パソコンで言えば、購入した機械に相当します。)
記憶は、格納されたデータであり、それが検索されて、output(口述、文書での表現)により、情報になります。

○ 容器(キャビネット): 脳の構造で個人差(大小)がある。
○ 中身(データ): 記憶とも言う。
            事実は一つしかないが、「着色・輝度付け・見出し・等」の加工・識別・選別が、
            必要で、(例: 図書館本の整理番号付け)、個人差が出る。
○ 格納(配列): どこに、どの様に配列するかで、個人差が出る。(図書館の本の配列と同じ)
○ 検索(取出し): 格納された容器から中身を即座に取り出す能力が必要で、個人差が出る。

A-1 個々人の有する記憶は、先ず事実(データ)が格納され、その後、検索され情報となる。
    データ(事実)は、次の4つの要素から構成される。
   a. その事実に出会う機会が有る事。 機会がないと、データが存在しない。
   b. そのデータを理解できる事。 理解できないと、訳が判からず、データとならない。
   c. そのデータを格納できる事。 格納できないと、データとして、検索できない。
   d. そのデータには、各人ごとの特徴(印象の強弱・重要度・好み、等)が追加される。
     特徴は、各人のそれまでに得た経験に基づくもので、個人差が生じ、個人の主義主張の基となる。

A-2 この様な個々のデータをマッチ棒に譬え、その集合体をマッチ箱と仮定しましょう。
   マッチ棒は、個人の経歴により、着色・輝度・見出し付けがされている。
   更に、このマッチ箱が、小さなキャビネットの引出しに格納され、この小さなキャビネットが、
   更に大きなキャビネットに格納されている。
   人の脳を、この様な装置で代替し、無数のデータが格納されている、というモデルを想定しましょう。

B 脳内/記憶情報装置の運用

各人の脳内にあるこの装置の運用には、次の5つの能力が必要になります。
(パソコンで言えば、購入した機械をどうやって動かすか、操作の知識です。)
   a. 個々のデータを、どのマッチ箱、引出し、キャビネットに収納するか、データの整理・格納能力。
   b. 格納されたデータを長期間保持できる保存能力。 (忘れると、記憶の消滅となる。)
   c. 必要に応じて、格納されたデータを、検索して、思考の俎上(まな板上)に引出す能力。
   d. 検索・引出したデータの選別・優先度をつける能力。(個人の経験により大きく左右される。)

こうして得られたデータを、情報と呼びましょう、そしてこれを活用していかなければなりません。
例えば、記憶容量が大きくて、データの出し入れが得意な人は、入学試験、各種資格試験で高得点を得て、
楽々と合格するでしょう。

C 人の意思と思考

(パソコンで言えば、操作をして、何を生み出すか・主義・主張・思想を具現化する事です。)

人には、これが欲しい、この道に進みたい、あれもこれもやってみたい、という欲望があります。
これを抑制すると、ストレスとなり、病気になる事さえあります。
これ等の欲求から生じるのが人間の意思で、産まれてすぐの赤子でも、泣き声で表現します。
大人になれば、上述の装置から記憶情報を取出して、これ等を組合わせて、はっきりした意思に、
まとめる能力と作業が必要になります。
更に、意思から目的が設定されると、どの様に行動するかを模索する事になります。
この過程が思考であり、更には、主義・主張・思想へと発展します。
これにより、自我の形成(脳内能力)ができます。

D 個性の発揮

上述の思考能力とは別に、人には、走るのが早い、歌が上手、等々の生まれながらに備わっている能力があります。
芸術、芸能、美術、音楽、運動、等々の分野での能力で、これらは、生来のもの、成長の段階で、
親・環境から自然に または 強制されて身についた能力であります。
これ等の能力と上述の脳内能力を合せたものを「個性」と呼びましょう。

人が生きるという事は、自分の個性と他人の個性のせめぎ会いの場と言えるでしょう。
(せめぎ会いの例)
- せめぎ会いが喧嘩(戦争)に発展しない様に、民主主義(多数決)という制度がある。
- 就職活動、結婚活動、出世競争、等々は、せめぎ会いの事例です。
- 個性の明確化により、自分の適正が判り、進学、職業選択の目安ができる。
- 議論・論争においては、情報の量と、作戦構成能力が決め手となる。
- 囲碁における一手差の勝ち、裁判/新証拠による逆転判決、等々も情報の量と、作戦能力差による。

上述の様なモデルを、明確に若者の前に提示する事によって、各自の脳内能力がどの程度であり、
また、自分の個性が何かを把握し、合わせて考える事で、自分の生き方が見えてくる。


E 進行過程の自己形成の解析

現在、形成されつつある自己について、外部から見て、次の様な見方(分解・解析)もできます。
分解の例として、分割した部分自己を「小学校」「中学校」「高校」「大学」「入試」「就活」「職場」「恋愛」
「婚活」「家族」、「不倫」、「自殺」、等々の項目に区分けします。

E1 引出し方式
分解した項目毎の引出しに分割する。 個々の引出しの中は、時系列に、部分自己を整理をする。
入学試験に失敗したとしても、「入試」という引出しの中の部分自己が、崩壊するだけで、
自己全体の崩壊(死)には至らない。 別の生き方を模索して、生きのびる事ができる。

E2 円形グラフ方式
ピザの様な、当該年度の円形グラフに、分解した部分自己を表示する。
このグラフ上で、例えば、失恋で、「婚活」の部分自己(例:全体の10%)が、消失しても、
残りの90%があれば、全体の崩壊には至らず、耐えて、生き続ける事が可能。

E3 年代毎の積み木方式
年代毎に、積み木(部分自己)を、垂直に、積み上げる。
「中学校」の積み木が下の方にあった場合、いじめにあって、この部分自己が崩壊すると、
それから上の積み木がすべて落下して崩壊する。 これは、自己の死滅、人の死につながります。

E4 トレーラートラック積載方式
「現在」という部分自己が、その他全部の部分自己を荷台に載せて、ひとりでトラックを運転をしている状態。
例えば、睡眠不足で、運転手が睡魔に襲われると、交通事故を引き起こし、あの世の人となると同時に、
積荷である部分自己すべてが消失する。
自殺の場合が、この型に該当する。 「現在」という部分自己の欠落によって、すべての自己が崩壊する。

E5 連結貨物列車方式
部分自己(例:不倫)が、先頭の車両に積載されている場合、その不倫の発覚・裁判により、
その車両(部分自己)が崩壊すると、列車全体が停止する。
その結果、家庭崩壊が後遺症として残り、予定であった正常な暮らしができなくなる、という様な事も有り得ます。

上述のE1~E5の方式の中のE1(引出し方式) または、E2(円形グラフ方式)の思考が、お勧めで、
部分自己の内の数個が消滅しても、残りの部分自己が残留するので、それを活用して、しぶとく、
生き残る(厳しい世の中を渡る)ことができます。


F 教育内容の図式化

教育内容の図式化の原型は、幼児対象の絵本でしょう。

ヨーロッパで教会を訪れると、必ず、イエス・キリストの絵物語に出会います。
日本でも、古文書の中に絵巻物があります。
瀬戸内海/生口島/瀬戸田町にある耕三寺には、仏教世界の地獄・極楽を示した350m長さの地下
「千仏洞地獄峡」があります。参考: You Tube 「 http://www.youtube.com/watch?v=nUp_8e_R3m8
一般的に日本の仏教画は、難解で親しみ難い。

中国では、たまたま、或るお寺で観た地獄絵が、日本に較べて、むちゃくちゃ残酷であった様な記憶があります。
あれでは、なかなか、仏教に近寄れない。

とにかく、教育上の基本的な物の考え方を、図式化して、それに幼少の頃からの触れる機会を増やして、
身近なものにする必要があります。
漢字文字表現の仏教では、早急且つ大幅な普及は、なかなか難しいでしょう。
この観点から、文章表現では難しい事柄を、漫画も簡易に表現できる事から、有効な手段となる
可能性があります。

図式化という観点から、本件の文章を、どなたかに、無償で、図式化、アニメ化、絵物語化、漫画化
して頂けると有り難い。 実質的な教材として役に立つものになると思われます。

以上
 

自動車運転/事故死者からのメッセージ

 投稿者:あの世の住人  投稿日:2014年10月23日(木)00時00分42秒
  あの世に逝った自動車運転事故死者から聞いた、という次の様な話があります。

人は、睡眠不足で、眠い状況に有る場合、
- 歩行中: 歩きながら眠る事はない。 眠る前に倒れて覚醒する。
- 電車の吊り革に捕まっている場合:  眠る前に手がすべり、覚醒する。
- 机に向かっている場合: 目前の文字がぼやけて、読めなくなるので、覚醒する事がある。

○ 自動車運転中の場合:
- 睡魔が突然襲い掛かり、失神(瞬間的な意識消失)となり、覚醒する事なく、
  突然、あの世に飛び込む(即死)。
- 歩行中、電車の吊革、机の前と異なり、ぼんやりした状態の時間帯がゼロである。

○ 緊張しているから、運転中に眠る事は、絶対に有り得ないと思っていたが、
  間違いであったと反省している。
  睡魔に襲われると、次は、いきなりの闇(あの世)であった。

実は、この死者は、緊急救命処置により、暫くして、奇跡的に息を吹き返したとの事。
瞬間的な意識消失と救命後の意識回復の間の記憶は「無」であったとの事。
--------------------------------

教訓:
車の事故防止の為には、「眠気の瞬間→あの世逝き」という徹底した意識を持つ事が大切。
眠い場合は、睡眠を取ってから運転すること。呑んだら運転するな!眠いなら運転するな!
 

私の仮説/サッカー試合の原則

 投稿者:風林火山  投稿日:2014年10月17日(金)01時46分57秒
  私の仮説-Rev. 5 次の仮説を立てました。
○さ:
サッカー試合の原則 (2014-10-14 ブラジル戦を観た結果)
世界の強豪「ブラジル」との試合(男子サッカー)を観た結果の感想は次の通りです。

① ボールを持ったら敵に進路を塞がれるまで、2歩でも3歩でも、ボールを前に運ぶこと。
 (進路をふさがれてはじめて)
ディフェンスの場合: 味方の前にパスを出した後(味方が動きながらパスを受ける)、定位置に戻る。
フォワードの場合 : 自力ドリブルで相手をかわす、無理な場合、味方の前にパスを出す。
「ディフェンスが前に出た跡(穴)は、近くの味方が埋めること。」
「パスの出し方」 : ワンタッチが望ましい。ボールを静止させると、その間に敵の脚が来る。

(悪例)ボールを持った位置で静止したまま(動かず)、静止した味方にパスを出すこと。
      (敵に狙われて、ボールを奪われる。勝てる訳が無い。)

② 味方がボールを持ったら、各自が、そのボールのパスを受け取る為に、即、必ず、移動する。
  (パスが通る位置に移動する。)
(悪例) 敵の影(裏)で、ボケッと静止して、ボールが来るのを待っていること。
     (動かずして、ボールが来る訳が無い。)
(好例) ボールを運んでいる(動いている)選手から、移動している(動いている)味方
     の前(スペース)に、パスを出す事がベストである。

③ スローイン (マイボールを敵に渡さない。)
スローインで、確実に味方にボールを渡すこと。 その為には、味方が受取に近寄ること。
味方が近寄るまで、スローインしないこと。 敵に渡ると、攻撃され→失点となる。

(悪例)身体能力が上の敵が待ち構えている様な、紛らわしい位置へいつも投げ入れて、
    いつも敵に取られている選手がいる。反省もせず、当たり前と考えてる。馬鹿ばかしい。

④ 常に、自分の周囲(360度)をながめ、変動する敵・味方の位置を察知していること。

上記4つの原則は、常識であり、基本技(ワザ)である。
これを考えない/出来ない日本代表選手は、自ら代表を辞退し、また、監督は代表に選ぶべきでない。
 

必要最小有効残留睡眠量とは

 投稿者:交通事故撲滅希望者  投稿日:2014年 6月30日(月)11時40分59秒
編集済
  自動車の飲酒運転の検査に「呼気中のアルコール濃度検出機器」が使われる。

これと同様に、「残留睡眠量」を計測する機器があれば、
「睡眠不足」起因の交通事故を低減させる事が可能になります。

では、「有効残留睡眠量」とは何かを、考えましょう。
人間は、睡眠によって得た活力を基に行動し、時間と共に、この活力(睡眠)は減少する。
この睡眠が減少すると、人は眠たくなり、また、ある限度以下に減少すると、眠りに落ちる。

一方で、「食い溜め」はできるが、「寝溜め」はできない と言われます。
眠り過ぎたからと言って、「過剰睡眠」分だけ、起きている時間(眠くなるまでの時間)が長くなるという事は、通常、ありません。

そこで、この残留している、行動に必要な睡眠量を、「有効残留睡眠量」と定義しましょう。
例えば、徹夜作業が何日も続くと、いつの間にか突然眠りに落ちます。
これは、作業を続けようとする意思に反して、眠りに落ちたもので、この状態を、
この人の残留睡眠量が、意思を遂行する為に必要な「必要最小有効残留睡眠量」以下に減少した
と考えます。

そこで、人間の「残留睡眠量」が計測できて、別途、自動車運転に必要な睡眠
「必要最小有効残留睡眠量」を規定しておけば、事故原因が睡眠不足か否かの
判定が可能になります。 これにより、睡眠不足(居眠り)運転禁止の法令化も可能になります。

そこで、問題になるのが「睡眠量の測定機器」の今後の開発ですが、測定対象として、
- 唾液中のある成分の分析
- 眼孔中の反射波の測定
- 血液成分中のある成分の分析
- 睡眠に関する脳波の測定
- 思考力検査 (筆記テスト)
- 行動力/運動力 (例:片足直立時間)の測定、等々、が考えられる。

通勤電車の吊革につかまって、立ったまま眠っている人もいます。
歩行中に、突然、睡魔に襲われると、人はその場に座り込む、または、倒れるでしょう。
(事故にはなり難い。)
ところが、自動車の運転中に、突然、自分の意思に反して、睡魔に襲われると、
「居眠り運転」→「大変な事故」になります。
この様な事故を無くすのが、この提案の主旨であります。

投稿記事の終り


 

私の仮説 - Rev. 4

 投稿者:風林火山  投稿日:2013年 7月28日(日)11時58分13秒
  次の仮説を立てました。

〇せ: 政治の実態 (逆の見方)

出身母体の利益団体の主張が、多数派意見になれば、議会で可決され、正当化される。
即ち、多数派意見は、正当化(正義化)される。
なるほど、民主主義とは、多数決で決める事ですね。(基本:最大多数の最大幸福)

逆に言えば、少数意見(少数派主張)は、無視される。
建前では、少数意見も尊重される振りをして、多数派は、少数派の意見を我慢して聞いている。
従って、議論は、言いっ放しで終わり、論理的な積み重ねがなされない。 →結論が出ない。
なぜなら、結論無しでも、議会で、多数派の主張が可決され、実行されるからだ。

また、多数派、少数派、共に利益団体の選挙による代表者であり、お互いに主張を曲げられない立場にあるからだ。 (主張変更・妥協をすると、次回選挙で落選する。)

選挙になると、「民意」という言葉が、「国民の総意」の様に使われるが、すべての有権者の意向が、一本化される事は有り得ない。 多数派が、多数を占めただけの話である。

選挙で「低投票率」が、問題視される。
改善策は、いくらでも有る。 例えば、投票所で投票すれば、免除される「投票棄権税」の創設。 こうすれば、「死亡者隠匿」の犯罪防止にもなる。

なぜ、「低投票率」は、改善されないか?
理屈は簡単です。 多数派が、多数を維持する為に、投票率を上げない方が得策だからです。
若年者、低所得者、生活困窮者、政治への無関心者、等々からの票数が、多数派にとって不利になるからです。 逆に言えば、利益団体に支持された多数派の票が、相対的に有利になるからです。

一般的に、「国家予算の配分」は、国民への利益配分の様に思われるが、逆に言えば、
庶民にとっての不利益行政を決めている(配分している)ことになります。
不利益を被る「投票棄権者」が、投票率を上げない限り、この現象は、止まらない事になります。

要するに、「国民」とは、意思を持たない、ぐうたら集団の様ですね。
 

誰も教えてくれなかった事

 投稿者:風林火山  投稿日:2012年12月23日(日)23時23分51秒
  〇 誕生日は、なぜ目出たいのでしょうか?

毎年、誕生日が来ると、年を取って死に近づくのに、なぜみんなは、「誕生日おめでとう」 と言うのだろうか? 誰も教えてくれなかった。 定年を過ぎた今頃になって、やっとその意味が判りました。

Happy Birthday to you for the new record on Your Life like an Olympic record.

〇 風呂の効用

入浴すると、きれい(清潔)になって、元気(免疫力増加)になります。
人は、安楽/リラックスすると、免疫力が増大して、自己治癒力が増大するそうです。

人は、精神的なストレスが蓄積すると、「免疫力が低下して、体力減少と共に癌になり易い」 という事は聞いていましたが、逆に、リラックスにより、「免疫力が増大→自己治癒力が増大→健康になる」という事は、はじめて知りました。

以上
 

醤油樽(たる)から始まった道場-2

 投稿者:森林材木(もりばやしざいもく)  投稿日:2012年10月 1日(月)11時42分4秒
編集済
  放送: NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/明日へのことば
テーマ: 「醤油樽(ショウユタル)から始まった若者道場」
放送日: 2012年8月17日早朝
話し手: (公益財団法人)喝破道場/理事長 曹洞宗僧侶 野田大燈 (だいとう) (66歳)
1946年、香川県高松市に生まれる。
1973年、働きながら香川県立高松南高等学校定時制卒業。
    指圧鍼灸専門学校に通い、健康器具販売会社を設立。
1974年、駒澤大学理事長栗田大俊師に師事して出家得度。瑞應寺専門僧堂にて修行。
1975年、遺産の土地に醤油樽、後にバスを用いて報四恩精舎を建てる。不登校や非行の青少年を受け入れ。
1984年、財団法人「喝破道場」を設立。更生中の少女が変死したため同道場を閉鎖。
1993年、四恩の里設立、
1994年、若竹学園を設立。
2001年、板橋興宗に呼ばれ、総持寺後堂を務め、カウンセリングを僧堂に導入する。
2006年、青少年の受け入れ事業「若者自立塾」が、厚生労働省の正式な委託事業となる。

(お話の抜粋は次の通りです。)
(二日目)
○ 日本サッカー/岡田監督について
  ー10年前、鶴見の総持寺にいた頃、岡田監督は、毎年正月に、マリナーズ全選手と共に必勝祈願に来た。
  ーここで、会った事は無かったが、その後、急に、喝破道場に現れた。 その後、座禅に来るようになった。
  ー岡田監督は、勝負師としては厳しいが、それ以外は、非常に人間的である。

○ 野田和尚は、子供にとって、厳しいが、からかい易い。
   -教え方: 冗談が多い。 「駄目」という事が多い。
   -気が弱い、引きこもりの子供が多い。
   -初めに何をしに来たかと聞くと、「和尚の様に変わりたい」と言う。
   →これに対して、「本当の自分に変わりなさい」と返事する。
「守破離」
○ 「守」とは、形をまねる事である。
   -座禅の仕方、食事の仕方、大きな声でのお経、声が変わると大きな声が出る。腹式呼吸。
   -呼吸に声(お経)を添える。 一ヵ月半は、親に電話をさせない。→ ハガキ通信。
   -姿勢が変わる、自信→顔付きも変わる。 Yes/Noが言える。 体力、気力も変わる。
   -農作業、荷物運びで体力ができる。 釈尊が作ったマニュアルがある。
(午前)
05:00  起床更衣→洗面 (個室で寝る) 10分間
05:15  座禅 (45分間)
06:00  読経 (本堂で読経)→ 「安楽の訪問なり、これほど楽な事は無い」 とお経に書いてある。
     -若竹学園の小中学生は、座禅は楽しいと言っている。
      座禅は、厳しいというイメージだが、頭を、電源OFFの状態にする事である。
     -読経も呼吸法である。 呼吸、発声をのばす。
07:00  朝食  玄米のお粥、自給自足の野菜、ごま塩、煮干を3匹、
07:30  休憩
08:00  清掃
08:30  体操と滝下り
09:00  輪読と喫茶   コーヒーを飲む。
09:30  作務(農作業) ハーブの手入れ、(ローズマリー)、ハーブに香りがある。 販売で自立ができる。
12:00  昼食
(午後)
12:30  休憩
13:30  作務(農作業)
15:00  おやつ(30分)
17:00  作務/終了
17:30  夕食
19:15  座禅/武道
20:00  入浴
21:00  就寝
休日は、土曜の午後と日曜日。 起床は共に6時、朝夕の坐禅は放参(休)。

○ 「破」とは、師匠を抜くこと。 本当の師は、我が弟子が、自分より良くなる、超える事を喜ぶ。
  いつまでも出来が悪いのは、悲しい事である。

○ 「離」とは、師を越えた後、自分に戻ること。 真似で無い、本当の自分らしい生き方をする事。
  本当に独立した生き方、言い換えると、悟った生き方。

○ 卒業してから、この山から下りたくない者は、ここに残す。

○ 総持寺での「後堂」とは、 修行僧の指導者。 少子高齢化で、檀家が減っていく。
 -修行僧は、戻って、寺の運営をする事になる。時代に即応した運営でないと、寺の経営が出来ない。
 -昔ながらのやり方では、駄目になる。どうしてやれば良いかを考えた。今までは、葬式、法事でやってこれた。

 -本来、僧侶は亡くなった人を相手にせず、生きている人を相手にしていた。
  元に戻って、生きている人との関わり方が、寺の生き残りにつながると考えて、カウンセリングを修行僧に
  身に着けてもらおうと思った。

 -本来、困ったときに寺に行けば、僧侶に教えてもらえる、というのが寺であったので、人が寺に来ていた。
  今は、僧侶が多忙になって、寺に行くのは、葬式、法事の打合せだけになってしまった。
  もっと檀家が、寺に来るようにしなければならない。

 -修行僧は、何の為に修行をしたのか、早起きして、どなられ、勉強させられたのは、何の為か?
  社会で、何かをする為である。 檀家の悩み苦しみを聞く事である。
  寺では、説教を教えるが、その前に大事な事は、聞く事、悩んでいる人の話を聞く事である。

 -相手の悩みを判らずに、一方的に喋っても意味が無い。 相手の悩みを聞いてから、釈尊はこう言っている、
  自分はこう思う、こういう事例が有る、という話をするべきである。 聞く事を誰も教えていない。
  従って、カウンセリングは、相手の話を聞く事である。

 -今は、高齢化が進んでも、年寄りが話をする場が無い。 寺で話ができれば、寺がたまり場になる。
  そうすれば、この寺で葬式をして欲しい、戒名をつけて欲しい、という人間関係ができ、人が集まる事になる。
  人が集まれば、パワーとなり、何かが出来る筈だ。 例えば、年寄り用のデイサービスを作る事も有り得る。

○ これまで子供と関わって、子供を通して、社会の変化を知る事が出来た。
  これまで、社会が必要としている事をやってきて、今の自分があると思っている。
  子供たちに教え、教わり続けている。                     以上
 

フェルメール [真珠の耳飾りの少女] を見て

 投稿者:Mr. ジョーク ジョーダン  投稿日:2012年 9月14日(金)10時00分28秒
編集済
  美術館で約一時間の長蛇の列に並んだ後、やっと[真珠の耳飾りの少女]に会えました。

実際は、美術館職員の指示に従い、小さな額縁の前を、足早に通り過ぎたのであります。
「牛や羊と違う人間を、その人間性を無視して、詰込み行列させるな」という苦情を、今回は発言しなくて済んだのは、美術館(東京都)職員が、充分に学習をした結果であろう。

考えさせられたのは、名画、鑑賞者混雑とはまったく別で、次の様な事でありました。


入場者の7-8割は、女(女性)で、「日本の芸術/文化/文明は、女(女性)によって作られている」という仮説は、毎度の事ながらの実感であります。
男達は、どこで、何をしているのだろうか?(仕事? ゴルフ? パチンコ屋? プロ野球場? 麻雀屋?)


文化/文明には、教育、政治も含まれるとすると、「日本は、女(女性)によって作られている」という仮説になります。 もちろん、男女同権の世の中であり、逆もあるし、極端な仮説であります。
しかし、
- 幼児、幼少の頃に、子供は母親の影響を多大に受け、マザコン化(安定した職場選択)している。
  男(父親)は、あまり育児に参加しておらず、教育に鈍感である。
- 選挙の投票率も、女(女性)の方が高いのではなかろうか?(根拠のない仮設)
  官僚/役人、政治家は、都合が悪いのか?、仕事を増やしたく無いのか?
  (男女別、年代別の)投票率の内訳を一切公表しない。
  更には、投票率向上の有効な手段を講じていない。浮動票が少ない事が、好都合なのであろう。

○ 一方、日本の現状を考えると、次の様になります。
- 2009年 総選挙により、民主党が自民党から政権を奪取した。     (民主党に投票多数)
- 2010年 参議院選挙により、野党が多数となり、衆参ねじれ現象が生じた。(自民党に投票多数)
  この時点で、事実上、民主党独自の路線(法案)は、すべて取止めとなった。
- 自民党が目指して出来なかった消費税増大を、民主党に焚きつけ、やらせた官僚の責任。
- 正義感に駆られて、マニフェストに無い消費税増大を、突然打出した民主党の責任。
- 国会を、衆参ねじれ現象に陥(おとしい)れた投票有権者の責任。
  (この時に、日本の女(女性)の力が、大いに発揮された。)← 独断と偏見による仮説。

○ 或る海外ツアー団体旅行に参加してわかった事:
- 若い女(女性)が圧倒的に多い。 国際交流/海外学習の体験をしている。
- 一方、若い男(男性)が少ない。 男達は、仕事? ゴルフ?パチンコ屋? プロ野球場? 麻雀屋?
- 若い女(女性)は、若い男(男性)よりも見識を広めている。→ 「未婚」増大の一原因?

○ 結論:
  活力の源泉である女(女性)の方の 更なる見識増大、日本発展への寄与に、期待せざるを得ない。
  逆に言えば、男達よ、目覚めて、大志を抱け、がんばれ!
 

醤油樽(たる)から始まった道場-1

 投稿者:森林 材木  投稿日:2012年 9月 8日(土)06時40分42秒
編集済
  放送: NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/明日へのことば
テーマ: 「醤油樽(ショウユダル)から始まった若者道場」
放送日: 2012年8月16 日早朝
話し手: (公益財団法人)喝破道場/理事長 曹洞宗僧侶 野田大燈 (だいとう) (66歳)
1946年3月21日、香川県高松市に生まれる。
1973年、働きながら香川県立高松南高等学校定時制卒業。
     指圧鍼灸専門学校に通い、健康器具販売会社を設立。
1974年4月8日、駒澤大学理事長栗田大俊師に師事して出家得度。瑞應寺専門僧堂にて修行。
1975年、遺産の土地に醤油樽、後にバスを用いて報四恩精舎を建て、不登校や非行の青少年を受入れ。
1984年、財団法人「喝破道場」を設立。更生中の少女が変死した為、同道場を閉鎖。
1993年、四恩の里設立、
1994年、若竹学園を設立。
2001年、板橋興宗に呼ばれ、総持寺後堂を務め、カウンセリングを僧堂に導入する。
2006年、青少年の受け入れ事業「若者自立塾」が、厚生労働省の正式な委託事業となる。

(お話の抜粋は次の通りです。)
(一日目)
「喝破道場」の場所: 高松市中山町五色台(標高400m)の山腹。 高松駅および坂出駅から車で20分。
貰い受けた大きな醤油樽の中で暮らしていた野田さんの所に、オートバイに乗った行く当てのない少年(一人)が訪ねて来ました。 それ以来、不登校、非行少年、引篭もり少年を受入れるようになり、自立する為の道場として、多くの人がここから育っていきました。
この道場には、若者が寝泊りする施設や、座禅堂、研修室、情緒障害児/治療施設「若竹学園」等があり、皆活き活きと暮らしています。 子供達には「和尚さん」と呼ばせている。

「若者自立塾」で、自立を目指して修行している青少年が中心となって管理運営している、景色、見晴らしの良い立派な喫茶店(ハーブガーデン)がある。
「いらっしゃいませ」の挨拶、店内の清掃、注文を聞く、注文の品を提供する、最後に礼と共に料金の受取、これらは、社会生活の基本である事に気がついて、働く事で人間関係の向上を目的に設立した。
彼らが一番不得意なのは、人間関係であり、最終的には、人間関係がスムースに行く様にしてやらねばならない。
ここで働く彼らは、非常に緊張している。
最近、お客さんが増えている。 この喫茶店から、歩いて2-3分の所に喝破道場がある。

この喝破道場を、今から38年前に設立した。
伏せた醤油樽は、2m四方で、入口、窓があり、中は真っ暗で、2年間ここで暮らした。
修行後、道場を作ろうとしたが、道も、建物も、金も、何も無かった。
大昔、人間は横穴暮らしであったので、横穴を掘ってみた。 そしたら、掘っても上から土が落ちてきた。
諦めた時、昔の漫画の中で、ホームレスさんが、夜になると土管の中で寝ていた事が、瞬間的に頭に浮かんだ。
山を下りて、土管を探したがどこにも無かった。 ヒューム管の提供も断られた。
たまたま、醤油屋の前を通った時に、裏庭に大きな醤油樽が、10個程置いてあった。
横倒しになった樽があって、側に行くと身長よりも高かったので、住めると思った。
醤油屋さんと交渉して、バラバラにして運んだ。 竹釘を使用していたので組み立てることもできた。
友人に近くの県道端まで運んでもらい、そこから一枚ずつ手で運んだ。
石組みの上に、樽を逆様にして組立て、屋根、窓、入口をつけた。 蝋燭とランプの生活であった。 煤(すす)がたちこめ、タイプライターを打ったので目を傷めた。 2年間誰も訪問者が無かった。 今でも、醤油と豆の匂いがする。

人は、自分の願い、目標の通りに生きているだろうか? 元々、私は僧侶になろうとは全く考えていなかった。
両親は、中国からの引揚者で、この五色台に開拓者として入植した。 文化人の様な気概を持っていた。
父は軍人として、母は香川県の出身で、特務機関にいたので情報入手が早かった。
この山の中を開墾して、畑をつくった。 20歳の時父が亡くなり、土地を売却して、町で家族は生活をしていた。
小、中、高校まで地元で、その後、健康器具営業の仕事で、愛媛県に移動した。
社長が風変わりで、一切風呂に入らないで、アルコールで拭くという人であった。 健康志向の時代であった。
その社長が、一番嫌いな寺の僧侶を紹介してくれた。

その頃、医療機器を使って病気が治ることに興味があった。
仕事上、接骨院、鍼灸院へ出向いていたら、指一本で病気を治す人がいた。 その人からその職を勧められ、興味を抱き、医学の勉強もする様になり、鍼灸学校へ入る事になる。 その学校が香川県にしかなかったので、香川県に戻った。

学校の教授が、「人間は本来四つ足であったが、二本足で立った事によって、首と腰に弱点が出来ているが、誰もどうする事もできない。」と言った。 その時、これは、金儲けのチャンスだと思った。 病院では、首/腰の牽引機を納めていた。 逃(のが)れられないとすれば、各家庭に一個あってもいい筈だという事から実用新案をとった。
友人と共同出資で、その仕事を始めた。 会社もできて、社会的信頼を得て、結婚もできるだろうと思った。

その時、もう一人の自分が、お前それで満足か?と聞いてきた。 「実業家になれるから満足だ」と答えると、
本当にそれで充分かともう一人の自分が聞いてきた。 いつも、この葛藤を繰り返していた。

愛媛県の僧侶が、永平寺へ戻るときに、松山を朝の2-3時に出発の列車の中で酒を呑んだ。
僧侶に電話をした所、4月8日を忘れるなと言われた。 記憶が無かったが、酒を呑んでいる間に約束をしたらしい。
そこで私の人生が変わった。 電話一本で断れる状況にあったが、断れなかった。
10日前になって、家族に打ち明けると、猛反対であった。
弟に、「兄貴は、健常者でありながら、金儲けの為に鍼灸学校へ行き、今度は、坊主丸刈りになりたいのか?」と言われ、売り言葉に買い言葉で、「俺は坊主になる」と言ってしまった。 それで私の人生は、ガラッと変わった。
猛反対が故に、腹を決めて4/6に松山まで行く事になった。

一人さびしく、風呂敷を持って松山へ行った。 それから修行に出された。
修行先では、みんなは、お寺の後継者であったが、師匠の寺には、後継者の息子がいたので、自分には継ぐべき寺が無かった。 住職にはなれない身で、どうすれば良いか、本当に考えた。
俺は、結果的に禅で救われたのだから、そういう場所(皆が集まれる場所/村)を作ろうと考えた。
それ以外の選択肢は無かった。 収入が無いから、自給自足でやろうという事で、父の残した五色台に戻って来た。 そこで、醤油樽の登場となる。 32-33歳で、独身であった。

2年間、誰も来訪者がなかったが、冬にバイクに乗った小児麻痺の少年が現れた。 鍵っ子でツーリングが趣味であった。
「行き止まりだよ」と言ったが、言葉が喋れないので返事が無かった。 彼は行く所が無いので、毎日来る様になり、また、その友達も来る様になって、人が集まる様になった。
その後、五色台に道場を作る支援者が現れた。
その中の一人の香川県医師会の事務局長さんから、「会員の開業医の息子で学校に行けない子供がいるが、何とかならないか?」という相談を受けた。 一緒に生活する事でその子供を預かったら、その内、学校に行ける様になった。
お礼として、バス会社の社長さんからバスを頂いた。
バス内の椅子を取っ払って、床に畳を敷いて、座禅堂兼本堂、集会所とした。
その子供が治癒したので、口コミで、あちこちから子供が集まる様になった。
プレハブの中古があるからそれを持ってきて建てようという様な事で、不思議な事に、次々と生活する場所が増えていった。
社会が必要とするから、いろいろな方が、応援をしてくれたと思う。

応援者の中に、河童の絵を描いてくれた有名な画家がいた。 募金の為に路上で座禅をして、その後側にその絵を置いていた。 「有名な河童の絵 + 坊さんの道場」→「河童道場」→その後、「喝破道場」に改め、定着した。

昭和55-56年頃は、登校拒否の子供、非行少年が多く、喝破道場には30名位いた。
横の関係はダメであったが、彼らには、縦の関係の秩序は通じていた。
玄関に、履物が整然と並べてある所は他に無かったので、子供をこの道場で預かって欲しいという親御さんもいた。
元々、ここは禅寺であったのだから、当然のことである。

寺の名前は、宗教法人「報四恩精舎」(曹洞禅宗) という。 私達は、四つの恩により生かされている。

(1) 父母の恩: オギャーと生まれてから誰に養育されたか? お父さん、お母さん産んでくれてありがとう。
(2) 社会の恩: 人は一人では生きては行けない。 人と人との間で支えあって生きている。
(3) 郷土の恩: 家族・親族・友達・ふる里・日本・世界「世界は一家、人類は皆兄弟」。
(4) 大自然(仏)の恩: 空気・水・太陽・動物・植物、そして自分自身の命を考えてみよう。

この四つの恩に対して私達は、報いなければならない。
また、釈尊の時代の純粋なお寺(精舎)を目指すことから、「報四恩精舎」と命名した。

子供達は、「報四恩」を知らなかったので、これは自分達の事であり、できて当たり前と教えた。
あまやかされて育った環境とは全く異なる自立の世界で、できて当たり前、「自分の事/人の事を考えなさい」と教えた。
これらは、頭、命令だけでは身につかない、皆が共に行動する事で身につく。
草取り、読経、座禅も共同生活でないと、学べない。 和尚もこの共同作業を行った。
最近は、弟子が和尚の代行をしている。 この作業中に色んな話をすると、子供達は理解する様になる。

その話の一例として、洗面所に敢えて蛇口を付け無かった。
何億年も前に、水から誕生した人間の命は、70%が海水である。 水は命であるから、水を大事にせねばならない。
最低量 [柄杓(ひしゃく)1.5杯] の水で、歯を磨き、顔を洗う事とした。
「こんな所で顔を洗えない」という子供も、この様な論法であれば、納得した。

この寺に何をしに来たのか、「自分を変えたい為に来た」という事を再認識させた。
常に、子供達が何を考えているかを把握する必要があるが、今の子供達は何を考えているか解からない。
枝葉(子供達の考え)は解からなくとも、不変である基本を教えている。 人間生活の基本、物の善悪をしっかり教える。
ここは「報四恩精舎」で、世の為・人の為に尽くす場所である。 その為には、「自分」を除外せねばならなくなる。

この様な教え方により、子供達は変化して行く。 座禅による変化の結果として、入所時の自信の無い小さい声、悪い姿勢、呼吸法が改善し、子供達が自分の変化が判る様になった。

和尚の好きな禅語:
「随流去」(ずいりゅうこ)→ 流れに従って生きなさいという意味。 逆らってもいい事は無い。
人生の生き方は流れ、流れの中で如何に自分は生きていくかという事になる。
和尚は、自分は生き方を決めていないが、大きな力に引っ張られ/押されて生きて来たという気がする。

「どうして僧侶になったか?」と質問する女性に、「どうしてご主人と結婚されましたか?」と問い返すと、「いろいろ有りまして」と言われる。 そうでしょう、いろいろあった事の中で、「他の人もいたのに、どうしてですか?」 それはご縁でしょう。
「私もご縁でここに居るのですよ」と話している。

(二日目のお話へつづく)
 

定年後の人生

 投稿者:森林材木  投稿日:2012年 4月14日(土)00時30分43秒
編集済
  放送:  NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/明日へのことば
テーマ: 「定年後の人生」
放送日: 2011年11月6 & 7日早朝
話し手: 岡田芳郎 (エッセイスト、詩人)
   → 横井也有を紹介した「楽隠居のすすめ」を著作
     1934年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。
     1956年、電通入社。コーポレート・アイデンティティ室長、電通総研常任監査役
     1970年の大阪万博では「笑いのパビリオン」を企画。
     1980年代は電通のCIビジネスで指導的役割を果たす。
     (1998年、退職)
著書: 『社会と語る企業』(電通)、『観劇のバイブル』(太陽企画出版)、
詩集: 『散歩』(思潮社)
(お話の抜粋は次の通りです。)
(一日目)
「横井也有」とは:
- 著書 「鶉衣(うずらごろも)」: 俳句に関する文書(紀行文、俳諧論、芸能論)で、
                   亡くなった後に門人が発行。
  江戸後期の儒学者/佐藤一斎の「四つの老人の生き方」が、横井也有の生き方をよく整理している。
  1. 心が和らいでいる事が大事。 (ストレスが無く、いらいらしない。)
  2. 何事も自然の成り行きに任せて、あせらない。
  3. 環境に安んじてゆったりと暮らす。 自分の現状を受入れる。
  4. 一つの事に凝り固まらない(流動的に)。
  5. 更に、追加として、気持ちよく忙しいのが良い。

- 著書 「螻蛄(けら)翁伝」:
  46歳の著作。 詞を作るが詞になってない、歌を詠むが歌らしくない、物を書くが出来が良くない。
  自分を螻蛄(おけら)と称して卑下している。
   「おけら」: コオロギの1種。 いろんな事ができるが、一つとして満足な事ができない、
          中途半端である。
   五つの能力: 飛ぶが大して飛べない、木に登るが高くまで登れない、泳げるが遠くまで泳げない、
            穴も掘れるが自分を隠せない、走れるが目立つ程走れない。
- 経歴: 江戸時代中期/名古屋藩のエリート(寺社奉行)
        → 「功成り名を遂げた人」だからこそ、自分を厳しく評価した。
        → 50歳過ぎてから、退職している。 その後の人生に期待をしていた。
        → 名門としての束縛からとき離れたかった。 俳諧が趣味であった。
- 当時の寿命は60歳位であったであろう。 82歳まで生きたが、「年老いて恥じ多しである。」と言っている。

- 岡田芳郎氏の意見: (60歳になったら、次の様に考えるべきだと思う。)
  (1) 人生は有限である。 だから、やりたい事を今やる。 今を気持ちよく暮らす、周りを大事にする事が大事。
  (2) 自分で幕を引く。 幕を引くには、有る程度の余力が必要である。 余力で第2の人生を求める。
  (3) 自分の役割を開発する事が必要。 傍観者にならないで、自分が登場人物として動く。
  (4) 自閉しない。 いつも外部の物を取込む仕組みが必要。

- 松尾芭蕉の「虚にいて実を行う、虚実の自由自在」 → 嘘の世界に真実がある。 これが俳句である。
   嘘がある事によって、本当以上の本当になる。 → フィクションによって感動を与える事がある。
   「夏草や兵共が夢の跡」、「やがて死ぬ景色は見えず蝉の声」 → 異次元の物を想定する。
- 定年後、侍従と二人で別居して、質素、粗食であった。 基本的に、武士であった。
   中国、日本の古典にも通じる教養を持っていた。
- 老いは忘れて生きるのが良いが、老いて行く事を忘れてはいけない。 映画、芝居が大好きである。
   「桜、桜、人、人、桜、いない人」

(二日目)
At a later date.  いつになるか不明です。
以上
 

「家電故障→修理・廃棄の前に」

 投稿者:風林火山  投稿日:2011年11月30日(水)11時41分32秒
編集済
  最近、家電機器が故障した後、修理・廃棄をせずに済んだ事例を報告しましょう。

1.DVDレコーダーのディスクトレイが、閉らない故障:

「トレイが閉にならない」(一旦閉じても、直に出てきて「開」になる)現象が起きました。
メーカーさんの指示で、「電源を切って、プラグを抜いて、暫くして、再度実行」をしましたが、事態は改善されませんでした。
「メーカーさんの結論」→「修理に出すしか方法は無い」でした。 ところが、
諦めきれずに色々トライしている内に、下記の解決方法が見つかりました。
〇〇〇〇〇
「開閉」ボタンを押して、トレイが一旦「閉」になった後、「開」になる途中(瞬間)で、「開閉」ボタンを押すと、「閉」になり、そのままの状態で止まり、「閉」が実行できました。
その後の操作(入れたディスクの再生)は、異常なく実行できました。
〇〇〇〇〇
メーカーさんのコメントは、「偶然の事例で、幸運でしたね」とあっさりしたものでした。

2.PCプリンターで、カラー印刷はできるが、黒字印刷ができない故障:

ある日突然に、「カラー印刷」は出来るのに「黒字印刷が出来ない」という不思議な現象が起きました。
メーカーさんからは、「純正インクを使用しても回復しなければ、修理が必要です。
但し、この型番のプリンターは、修理期限を過ぎているので、修理受付ができません。」という回答でした。

諦めきれずに、色々トライしている内に、「黒字印刷機能」が、徐々に回復し、今では元通りになりました。
振返って見た心当たりの原因は、次の事です。

原因-1 プリンター本体手前の電源(スイッチ)で「電源OFF」にしていた。
    (プリンター本体のスイッチを最初に切れば、ノズル蓋が閉じられてから電源OFFになる。)
原因-2 何かの誤作動で、「黒字印刷」が難しい設定(例:特殊フォント、特殊用紙)になっていた。
    (プリンターの設定を始めからやり直す。)
原因-3 しつこく、何回も繰り返しトライをしたので、プリンターが根負けした(?)。

(結論)家電機器が故障しても、諦めずに、いろいろ試してみましょう。
 

永遠の若大将

 投稿者:森林材木(もりばやしざいもく)  投稿日:2010年 6月29日(火)15時17分24秒
編集済
  NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/明日への言葉
「テーマ:デビュー50周年インタビュー」
2010年6月9日早朝の放送
話し手: 加山雄三(かやま ゆーぞう) 俳優、歌手

人生の谷底に陥ったときに、生きる力の基になったという、祖母(おばあちゃん)、有名な人、等々の発言を含めた加山雄三の語録です。

○ 「死ぬ」のと「苦しくても生きる」のと、どちらが大事かい? → 「生きる事」
○ 「荷が重い」のではない、「自分の力が足りない」のである。
○ 「享楽」は、失う事が多く、「苦しみ」からは、得る事が多い。
○ 苦しみは、「幸せを、幸せと思う心」を与えてくれる。
○ 苦しみから逃げないで、受け止めて、「乗り越えよう」と一生懸命になっていると、必ずその力が備わってくる。
○ 心に筋肉があるとすれば、その「筋肉」を鍛える必要がある。
  どうすれば良いか、
  「責任は、自分にある」と考えて、「俺は超えられる」「俺は思い通りに生きられる」と叫ぶ。
○ 「望み」が有れば、夜でなく、朝起きた時に唱えろ。
○ 毎日は新しいスタートであり、昨日の延長線上ではない。
○ 「Something Else」(優れたもの) と力を共有したい(に祈りたい)。
○ 世の中を変えるには、自分が変わるしかない。 人のせい、ぐちこぼしは止めた方が良い。
○ 人はすべて自分の鏡である。 鏡に映る己が姿を見て、自分の存在の理由jと価値を知るべし。
○ 損と得のどちらを選ぶべきか? 「損」を選ばば、「得」がついて来る。
○ 人は、「自分の為」でなく、「人の為」に生かされている。
○ 山田恵諦(比叡山延暦寺座主)が、「一隅を照らせる(輝いている)人間になりなさい」と言っている。
以上
 

知的障害者に教えられた事

 投稿者:森林材木(もりばやしざいもく)  投稿日:2010年 2月12日(金)18時20分33秒
編集済
  NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/心の時代
「テーマ: 知的障害者に教えられた事」
2010年2月1日早朝の放送
話し手: 大山泰弘(おおやまやすひろ) 日本理化学工業会長

人には次の四つの事が欠かせない。
1. 人に愛される事。
2. 人に褒められる事。
3. 人の役に立つ事。
4. 人から必要とされる事。

人は、働く事によって、この条件が満たされる。
従って、「働く事が人間の本当の幸せですよ」と
知的障害のある子を持つ親御さんから教えられた。
また、
知的障害者が、健常者に混じって、職場で働く為には次の事が必要になります。
○ 自分の身辺の処理が出来る事。
○ 返事が出来る事。
○ 一生懸命に仕事が出来る事。
○ 周りの人に迷惑をかけない事。

以上 ほんの一部分の抜粋です。
 

男性介護者の輪を作る

 投稿者:森林材木(もりばやしざいもく)  投稿日:2009年 9月28日(月)06時53分11秒
編集済
  NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/心の時代
「テーマ: 男性介護者の輪を作る」
2009年 9月16日早朝の放送
話し手: 津止正敏(つどめまさとし) 立命館大学教授
昭和28年(1953年)鹿児島県生まれ。立命館大学院卒業。
京都市社会福祉協議会にて20年間勤務。 2001年4月より現職
「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」事務局長

(お話の抜粋は次の通りです。)
○ これまで家事/介護に縁の無かった男性達が、介護を担う事になり、やり方に行詰ったり、
  孤立して思い悩む男性介護者が増えている。 この様な男性介護者の悩みを語り合おうという
  2009年3月8日、男性介護者と支援者の全国ネットワークが結成されました。
○ 男性介護者数が、劇的に増えている。
  2001年の男性介護者の比率: 30%超 (100万人を超えた。)
  介護者は、女性で嫁という概念は通用しない。(50%→1/3[16.9%]に激減した)
  逆に、夫や息子が13%に増えている。
○ 夫婦間の介護が主流になり、嫁の介護は、「実の子供」による介護に置き換わっている。
○ 老々介護が多く、全体の介護者の2/3は、60歳を越えている。
○ 介護に専念できる介護者がいなくなっている。
○ 男性介護者特有の悩み:
  ① 自分が介護する想定なしに、介護に突入する。(戸惑い、混乱が生じる。)
  ② 生活スキルが貧しい。
    コーヒー一杯入れた事が無かった。掃除、洗濯、家の管理(郵便局、市役所の手続きの経験無し)
    包丁使うと指を切る恐れがある。
  ③ 男の責任、夫の責任、息子の責任という過剰な責任感、自分が抱え込む。
  ④ 介護と仕事の問題。
    100万人の1/3が40-50歳の働き盛りで、介護をきっかけに離職/退職に追い込まれる。
    離職後、家計/経済的な問題が発生し、不幸な状態(貧困の引き金)になる。
    残業、出張ができなくなり、仕事の範囲が減り、収入が激減する。
    離職すると、収入は減る一方で、介護の支出は増える。(これの支援の仕組みが今は無い。)
  ⑤ 老々介護→共倒れになる。男性介護者の場合、年長者が年少者の面倒を見る事になる。

○ 山口県、介護殺人未遂事件が発生した。判決は、保護観察のついた、懲役3年、執行猶予4年。
  これは、心中未遂事件でもあった。介護サービスを進められたが、自分で介護をしていた。
  介護が、殺人/心中に至る背景をもっと調べる必要がある。
○ 或る男性介護者の話
  一番大変であったのは、スーパーでの買い物で、レジの前で買い物籠をぶら下げて
  並ぶ自分の姿を受入れられない。
  慣れるまで、時間が掛かった。 女性の介護者とは異なる面がある。
○「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」の設立時(160人の男性が集まった)の
 「高齢社会を良くする女性の会」樋口恵子会長からのメッセージ:
  ① 「介護という行為は人間のみがする特別な営みである。」
  ② 「介護をしない男性を人間と呼ばない。」
○ 男性介護者の152人の体験記を集めて「男性介護者100万人のメッセージ」という本を出した。
  或る男性は、どんな専門書を読むよりも、介護の手引書になり、枕元に置いている。
○ 自宅介護の特徴
  ① 負担もあれば、喜びもある。
  ② 大変だけれども、やりがいがある。
○ この活動を通して判明した事:
  ① いくつかのパターンがある。
   「夫グループ」:年長者が年少者を介護する老々介護の典型である。
           男性には生活スキルが無い。
           核家族化の進展により、高齢期に夫婦二人の暮らしが多くなり、
           どちらかが介護者になる。
   「息子グループ」:家計を支える大黒柱である。離職は、社会的な不利益をもたらす。
            独身男性の介護者は、介護が終わった後に、
            自分の介護の心配が残る。
  ② 結婚のチャンスよりも、介護の機会が先に来て、独身を余儀無くされている。
    介護、仕事、自己実現のすべてが、両立できるような支援のあり方が問われている。
○ これからの展開:
  ① 「男性介護者の孤立」→「人の助けを借りて、自己実現の追及」
  ② 介護者が手をつなぎ、声を集めて、支援のあり方を考えていくいい時代になってきた。
  ③ 介護を支援する新しい介護保険制度を考えて発信する重要な時期にある。
  ④ 男性介護者は、介護の問題を一人で抱え込まない事が重要である。
    介護者の時間を作る事が大事である。
    その一つに「集い」、「ネットワーク」、「研修会」を全国に広げて欲しい。
○ 9月26日のワークショップについて
  ① 男性介護者の目線での体験からのしゃべり場、メッセージの発信の場としたい。
    夫の立場、息子の立場、介護保険の使いづらい点(制度の問題)、
    介護と仕事の折り合い、介護のストレス管理(ストレスを溜めない工夫)の
    分科会とする。
  ② 介護当事者の声として、認められる様になれば良い。
  ③ 介護当を支えあう様な場になれば良い。
以上
 

獣医師の話

 投稿者:森林材木(もりばやしざいもく)  投稿日:2009年 9月 2日(水)00時16分59秒
編集済
  NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/心の時代
「テーマ: 生き物から教わった事」
2009年  月  日早朝の放送
話し手: 竹田津 実 (たけたづ みのる) 獣医師、岐阜大獣医学科卒
昭和12年(1937年)大分県国東市生まれ、
63年から網走支庁小清水町で家畜の獣医師として活躍しながら、キタキツネの生態を追い、
野生動物の治療に取り組む。
2004年、上川支庁東川町に移住。キタキツネの写真集やエッセーなど、著書57冊。

(お話の抜粋は次の通りです。)
-産業動物を扱う獣医師。 必ずしも病気を治す訳ではない。
-キツネは病気の時は人間に近寄るが、治癒すると近寄らない。
-野生動物を治療しても誰も感謝しない。 「悪いキツネをなぜ治療するのか」と言われる。
-生き物から教わった事は一つもありません。

-人間が失ったものを動物の姿を通して思い出させてくれる事は多い。
1.
飛べないトンビ(骨が欠損)を子供が拾ってきた。「明日も来ます」と言うので安楽死させる事ができなくなった。子供がこのトンビと遊ぶ姿を見て、飛べなくても不幸ではなく、不便なだけである事が判った。
2.
小学校4年生以下の子供、65歳以上の年配者が、動物を持ち込んでくる。
小学校5年生から64歳のまでの人間は、動物を持ち込んでこない。
3.
人は、10歳から人間になる。
4.
鶴の写真家は、立派な人と言われ、キツネを扱う獣医は、立派な人と言われない。
5.
家庭の中に「男親」がいる動物は、少なく、キツネ、タヌキ、人の3種類のみである。
キツネを見ていると、「父親」、「母親」が良く判る。
「父親」は、家族の反応によって進化する。 喜んでもらえると張り切る。喜ばないと急速に仕事を止める。
キツネの子供が成長すると、乱暴な事に憧れる様になる。その時にオスが活き活きとする。
「母親」は、本能で行動する。
6.
キツネに教育は無い。「やってはいけない」と言う言葉を持っているので、その中に親の経験を織り込んでいる。
「父親」の通りに真似をする。 真似ることが子供にとっての「教育」になっている。
従って、父親は、格好良い事をする。
(例)
道路を横断する場合の「躊躇の仕方」、その父親が木に登らないキツネは「木に登らない」、
父親が泳がないキツネは「水中で泳がない」、
7.
ある時、「鴨が溺れているから帰ってくれ」という電話が往診先にかかってきた。
入院している鴨の雛(6羽)に水浴びをさせたら溺れたと言う。帰ってみると、実際に溺れていた。
この時、鴨は「浮かない生き物」である事が判かり、母親との会話の回数が多い程鴨は水に浮く事が判った。
鴨の雛は、母親の下に潜ったり出たりする。 この時、羽が触れ合って静電気が起きる。
この静電気が水をはじく事が判った。羽の触れ合いが少ないと水に浮かない。
8.
母親には、尻に油の出る孔がある。この油を毛繕いとして身体に塗りつける。
母親は、その母親の真似をしてやっている。
真似をしない/真似をするものが無いと動物は生きていけない。
9.
昔は人間の子供は大人の真似ができたが、今は、真似のできない大臣、博士が出てきてしまった。
真似をするべきものを失った子供は不幸なのである。
真似をするべきものが無くなると子供は、立ち尽くす事になる。
10
誰もが、決まって、「子供は多様で素晴らしい才能を持っている」と言います。
実際には、誰かが引っ張り出してあげないと、才能は眠ったままです。
11
家にいた鴨は飛べませんでした。飛ぶ必然性が無いので飛ばなかった。
或る時、鴨を外に出したら水溜りで水浴びをした。
その後、羽ばたきをしたので、1m程浮き上がりました。
浮き上がった鴨は、ビックリして羽ばたきを止めたので、皆そのまま音を立てて落下した。
要するに、才能、可能性があっても、誰かが引っ張り上げないと、発揮できない事が判った。

-「苦しんでいる野生の動物がいても、手出しをせずに、そのままにしましょう。それが
 「自然」の摂理だから。」という考え方が、学校教育、社会的にも認知されている。

-苦しんでいる動物を見て、「駆け寄って手助けをする子供」、
 「見過ごして何もしない子供」のどちらに育てるべきか?
 子供が持っている正義感では、「苦しんでいるから何とかしよう」と考えます。
 「そうする事はいい事ではないよ」と切り捨てることで、本当にいいのだろうかと
  考えさせられる。
 「見過ごせない」子供を持つ事が、豊かな世界になるのであろう。
                            以上
 

命の限り伝えたい

 投稿者:森林材木(もりばやしざいもく)  投稿日:2009年 8月 4日(火)00時04分42秒
  NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/心の時代
「テーマ: 命の限り伝えたい」
2009年7月31日早朝の放送
話し手: 坪井直(つぼいすなお)日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の代表委員
     大正14年(1925年)生まれ、

(話の終わりに)
悲惨な体験をされ、999死に1生を得られた坪井さんは、次の様に語られた。
-82歳にもなると、「悠々自適な自分の人生を」と人は言うけれど、
 私は、未来志向型で、「あと何年生きる」という様な事は考えない。
 過去を学ぶが、過去には引きずられない。
-Samuel Ullman (サミュエル ウルマン)が「青春譜」の中で次の様に述べている。
 「人間は年齢を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。」
  信条的にこの言葉に大賛成である。 80-90歳であれ、理想・夢があれば若者である。
-命のある限り頑張る。

(参考)
サミュエル・ウルマン(Samuel Ullman, 1840年 - 1924年)は、アメリカ合衆国の実業家(詩人、教育者)。
ドイツ・ヘッヒンゲン (de:Hechingen) 出身。ユダヤ系ドイツ人であったため、迫害を避けアメリカへ渡る。
アラバマ州バーミングハムに住み、荒物商を営みながら執筆を続けた。

               (青春譜)
「青春とは人生の一時期のことではなく 心のあり方のことだ。
若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、
安・易(やすき)に就こうとする自らを戒め、冒険する心を忘れてはならない。
人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。

歳月は人間の皮膚に皺を刻むが 情熱の消失は心に皺を作る。
悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、
雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。」

60歳になろうと16歳であろうと人間は、
- 驚きへの憧憬・
- 夜空に輝く星座の煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・
- 何かに挑戦する心・
- 子供のような探究心・
- 人生の喜びとそれに対する興味を
変わらず胸に抱くことができる。

人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。
希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。
自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、その人は若いのだ。
感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、人間は真に老いるのである。
そのような人は神様のあわれみを乞うしかない。
 

文化/文明 と 縦文字/横文字

 投稿者:Mr. ジョーク ジョーダン  投稿日:2009年 7月26日(日)09時13分18秒
編集済
  画家の安野光雅(あんのみつまさ)さんがラジオ放送で「文化」と「文明」を区別して話をされていました。
この区別は、学校で教えてくれなかった事でしょう。
解かりやすく、次の様に表現してみました。
「文化」: Local、地域的、地元(土着)のもの(例:京都・奈良の神社・仏閣、日本女性の着物)
「文明」: Common、全般的、共通のもの(例:北から南まで走る車、列車、飛行機、女性の洋装)

日本は、古に、漢字を中国から輸入し、仮名文字を生み出し(縦文字文化)、
現在は、横文字(英文、仏文、独文、アラビア語)(横文字文明)の波に晒されています。

テレビ、映画の字幕は横文字になっている。
しかし、新聞、雑誌、大半の書物は、縦文字に固執している。
大げさに言えば、日本は、いまだに「文明 (横文字文明)」を拒否して、
「文化 (縦文字文化)」に固執している。
甚だしい例として、法律文章は、いまだに漢字交じりのカタカナ縦書き文章だと聞いています。
即ち、日本は、「文化」と「文明」を混同して、横文字文明を、公式に受入れていない事になります。

日本人は、中学校、高等学校、大学と英語/英会話を習いながら、英語で意志の疎通が出来ない。
原因に色々あるでしょうが、「漢字」は輸入したが、「横文字」は公式に輸入していないのだから、致し方ない。

真の日本の「グローバル化」は、「文明:Common、全般的、共通、世界的なもの」という概念を容認して
はじめて実現されるのであろう。
文明の最先端を走るべき日本の新聞社の社長さんは一体何を考えているのでしょう。
明日からでも、日本の新聞が横書き(横文字)になる事を期待しています。
以上
 

多摩ニュータウンの或る現状

 投稿者:森林材木(もりばやしざいもく)  投稿日:2009年 7月22日(水)02時33分50秒
  NHKラジオ第一/ラジオ深夜便/心の時代
「テーマ: シニア達のまちづくり」
2009年7月8日(水)早朝の放送
話し手: 多摩ニュータウン/永山団地/NPO法人福祉亭/元山隆(もとやまたかし)理事長
     昭和10年(1935年)生まれ、
     1958年(昭和33年)に日本住宅公団に入社し、「永山団地」の企画設計を担当、
     1980年にこの団地に定住

(お話の要旨は次の通りです。)
1. 1971年(昭和46年)団地建設・入居開始後、現在の問題点は次の通り。
- 20万人の団地に独居者が増えた。
- 建物が老朽化してきた。(建て替えしたいが、資金、体力、気力に欠ける。)
- コミュニティ(住民)意識の低下
- 少子高齢化が進んでいる。
- 地元商店街の衰退。
- 趣味の集団(同好会、その数約3-4千)が増えたが、引篭もり世帯も多数ある。
- 世代間交流(例: 3世代同居)が無い。
- 大半が住み続けたいと考えている。(言葉を替えれば、住み続けざるを得ない。)
- 緑を求めて、都心からの移住者も増えている。
- 「いざ」という時のSafety Netが無い。

2. 福祉亭について
- この団地のコミュニティは、次の3本柱から成り立っている。
  「福祉亭」(集まる居場所の提供)
  「生活サポート隊」(子育て関係)
  「若人塾」

- 福祉亭には、月毎の行事予定表が張り出してある。(開催行事が多い。)
- お互いに顔の見える関係作りを目指している。
- ボランティア調理の昼食(40食程度、有料)もある。
   但し、ボランティア自身も高齢化している。
- 各戸には、非常時の連絡先を表にして配布してある。
以上
 

レンタル掲示板
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