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10年間ありがとうございました

 投稿者:  投稿日:2015年 4月 3日(金)10時29分38秒
  家主様

サイトを閉じられるということを本日知りました。残念ですが、その間楽しくお邪魔させていただきました。
目まぐるしく変わっていく様々な物事と稀有に発生した自然の猛威に見舞われた時代を過ごしてしまったようです。これから先、どうなっていくのか小生にはみえません・・・。
今後のご活躍、期待しております。
ありがとうございました。

 
 

終焉の時が来たようだ

 投稿者:家主  投稿日:2015年 3月20日(金)22時25分22秒
編集済
  東日本震災からあっという間に4年が過ぎてしまいました。この定年後の居場所も震災のショックでサイトの管理もままならずに老朽化してしまいました。せっかく訪問頂きましても代わり映えしない内容で申し訳ない思い出いっぱいです。そろそろ閉鎖の時期に来たのかなと反省しております。実はこのサイトはWindowsXPで立ち上げたものでホームページビルダー11までバージョンアップしてきましたが、その後のOSには対応できなくなってしまいました。これまでのご訪問に感謝して近々に閉じたいと思います。ありがとうございました。  

久しぶりです

 投稿者:izumi  投稿日:2013年12月31日(火)19時21分16秒
  お久ぶりです。izumiです。
先日、主人がお邪魔しました。会えてよかったと嬉しそうでした。
ホームページが見つからないとの話・・・
避難が長引いて、避難先の電話を解約しました。
光フレッツに入っていたのでHPも解約です。
避難先に慣れるのも大変で、いまだに新しいプロバイダに入らずにいます。
今は、いつまた移動してもよいように、ノートパソコンにモバイルを取り付けてます。
夏にスマートフォンに変えたので・・結構、いろいろ覚えることもあり面白いです。
仕事も、製造統括課のため、いろいろな仕事が舞い込んできて大変です。
この年になると・・経験を見られるため、できませんと言えないんですね。
だから、本当に必死です。(>_<)
でも、今の福島。特に我が家のまわりを伝えないとダメですね。
だから、HP立ち上げます。もう少しお待ちくださいませ(*^_^*)
今日は大みそか、今年も終わりです。
来年もどうぞよろしくお願いします。
 

2020

 投稿者:家主  投稿日:2013年 9月 9日(月)22時45分34秒
  昨日は日曜日早朝から2020の出来事に歓声が沸いた。オリンピック東京招致決定である。この瞬間をT.V.で観戦する。将来への希望に燃える長期計画が実行されることは久しぶりのことで気分も晴れる。震災復興、原発事故処理ともに長期計画が同時進行させたいものである。この身に戻れば7年後にこの世で生活しているかどうか、人生を大切にしてこの成り行きを確認したい。  

防災の日

 投稿者:家主  投稿日:2013年 9月 1日(日)10時16分27秒
  あれから90年、今日は大正12年9月1日に起こった関東大震災の記念日にあたる。もちろん当時を経験してはいないが記録メディアからの状況と今世紀の東日本大震災との比較をしてしまう。木造住宅密集地での火災、沿岸付近の津波被害、そして人災の放射能汚染、災害の重度はどんどん高くなっている。生活環境の変化に沿った防災対策ができていない未熟さがある。今後予想される人災・天災にいかに対応すべきか反省する大切な日でもある。想定外ではすまされない。最終的には「ただちに生命を守る行動を!」さて、どこへ、どうすれば、すべて自己責任です。  

新生日本に

 投稿者:家主  投稿日:2013年 1月 1日(火)18時49分32秒
  6回目の年回りを何とか過ごして新たな年を迎えることができました。12月には運転免許更新に当たって高齢者講習を受講した。まさに高齢者となったことを認識させる講習であった。高齢者から見て若い世代に負担をかけないように終焉を迎えたいと願いつつ。世の中暗いことばかりで生き甲斐の道標すら探し当てられない気の毒な若者達が大勢いおられる現代日本を、なんとすればよいのか。政権もまた元に戻って再スタート、やり直し、これで本当によいのか?政治家への勉強代としては、国民にとってはいささか高い代償であった。早急に新生日本のビジョンを右往左往する国民に明確に提示して欲しいものだ。残る余生も少なくなった。  

終戦記念日

 投稿者:家主  投稿日:2012年 8月15日(水)22時55分22秒
  8月15日は62年前の終戦の日である。当時5歳であった。水戸市が焼夷弾で攻撃された夜、租界の地から真っ赤に染まった夜空を暑いのに震えながら眺めていた記憶が脳に焼き付いている。慣れない租界地で防空壕生活から終戦後10年を暮らした。田圃や小川でのどじょうや鮒とリ、河でのヤマメ釣り、そして河泳ぎも覚えた。森に出かけては薪とり、庭の畑でイモ掘り、田植えの手伝い、冬になると早朝に麦踏みなど季節ごとの自然との体験をした。振り返って今思えば、租界者のよそ者としていじめっ子の対象になったり、ひもじい思いをしたり、苦しいこともあったが、生きるための貴重な知恵を沢山ここで得ることが出来た。  

震災から一年

 投稿者:家主  投稿日:2012年 3月11日(日)10時31分14秒
  3.11から一年経った。この一年間はこれまで描いた定年後の理想とはかけ離れた時間を過ごした。地震発生時点から何を思い、何を考え、判断しそしてどのように行動したのか?今振り返っている。咄嗟の出来ごとに対する行動はなんと的外れの大きいことか、反省させられる。常日頃対応策を考えておくこと。頭にないことは咄嗟に行動に移れない。停電、断水、食糧対策で手いっぱいとなる。隣の原発がどうなっているが微塵も気にしなかった。給水確保の初日は余震が続く寒空の中、7時間に及ぶ行列で一人2リットルの配給である。4日目には浴槽の水も無くなり水洗トイレ用の水確保に池や川に車で飛びまわる日々、ガソリン調達もままならず遠出ができない。人間の記憶とは肝心なところが抜けて空白状態になることを知る。家内の日記を覗きながら当時を思い起こしている。いまだに部屋の中には震災のままで整理が残っている。今年は身辺を身軽にして措こう。さて、近いうちの再発するといわれる震災にどれほどの備えをすればよいのかな?  

お見舞い申し上げます

 投稿者:家主  投稿日:2011年 5月 9日(月)09時20分45秒
  mituyosiさん、幸せなマイホーム生活と大事な勤めも中断されて辛い毎日、お疲れのこととお察しいたします。先の見通しが立てられない現況でしょうが、精神的、肉体的に負担のかかる時期ですので先ずは爆弾を抱えた御身を大切にしてください。余震が続く中、落ち着かずに拙宅もまだ片付けが終わりません。でも、自宅で生活できることを感謝しております。  

こんばんは

 投稿者:mituyoshiメール  投稿日:2011年 5月 7日(土)19時17分42秒
  お久しぶりです。
原発のおかげで、相馬の実家にお世話になっていますが、
早いですね..もう2カ月になります。
支援物質をもらったりしながら、なんとか生きています。
また、メールします

http://park18.wakwak.com/~izumi-wonder/

 

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