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赤い赤い朝日は赤い
こんな文章がかなり昔の小学校教科書にあったようだ。
69年ごろ、どこかの週刊誌に掲載してあったのを見た記憶がある。
私たちは、次のように解釈した。
当時のブル新の中では、取分け反体制的新聞としの朝日新聞を認識していた。
体制に抗する事が、アカである。
体制側は、アカは不穏分子といっていた。アカは悪い奴と言っていた。
ある日、反面教師という言葉を知った。正確な悪事と言うものを、体制側から学んだ。
敵が、アカはいけないと言う。さればアカは正義だ。その後しばらくの間、我らの錦の御旗は赤かった。
あの頃を人は青春と呼ぶ。
今はどうだ。体は加齢とともにギクシャクし始めたが心はいまだに春だ。
この40年間、いろいろなことがあった。
社会人となり、家族も増えた。家族のために馬車馬のごとく働き詰めだった。
いろんな失敗もあつた。数知れぬ栄光もあった。
今あの世へ旅立つカタパルトの上に座っている。最後に一花咲かせようと考える。
掲載した写真のごとく。落ちて朽ち果てる寸前の完熟の柿のように。
私の今は、赤春時代である。
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